よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

 朝起きてから寝るまでビジネスのことばかり考えている。ビジネス以外で人と口を利いたのは有沢が久しぶりだ。
 ──僕たちの仕事は幸せビジネス。
   芸能人のプロデュース商品と同じだよ。
 リーダーに言われた。
 売り手の自分が輝いていなければ買い手は商品に魅力を感じない。リーダーとしてあがめてももらえない。だからジムに通い、最新のスマホやブランド物の腕時計を身につけ、人気の高級車に乗る。借金ばかりが増えていく。
 今住んでいる「仕事場」は六畳一間の安アパートだ。返品されたり、売上ノルマを達成するために自分で購入したりした商品で、布団を敷くのがやっとのスペースしか残っていない。東京から松本まで六時間掛けて来たのは、有料道路を使う金すら惜しいからだ。
 数歩前で足を止めた有沢が、前を向いたまま「ナシ」と呼んだ。
「分かった、今喋るから」
「ヘビ」
「は?」
 梨本は足を速めて有沢の隣に並び、そして小さく声を上げた。
「ヘビ!?」
 二メートルほど前方、道の左側から白いヘビがうねうねと這(は)いだしてくる。
 呆然(ぼうぜん)と立ちすくむ二人の前で、白ヘビが悠然と道の真ん中でうねりを止め、頭をもたげた。かっと開いた口の鋭い歯が光り、細い舌がするりと伸びて二人を威嚇(いかく)するようにちろちろと動く。
 ぬかるんだ道の上にいるだけに、雪のようなその白さが際立つ。まるで光を放っているようだ。まさか、と梨本は有沢の袖を引いた。
「アリ、もしかして、これ?」
「これ、って?」
「パワースポットのご神体」
「ご神体って、祀ってあるようなやつ?」
「分かんないけど神の化身。昔マンガで読んだけどさ、白ヘビは神の遣いだって。何かそれっぽいじゃん」
 半信半疑なのか、有沢が口を半開きにして白ヘビに見入る。
 梨本は恐る恐る、白ヘビに向けて一歩踏み出した。有沢が「ナシ!?」と目を剥く。
「おおい、どうした?」
 振り返ると二十メートルほど後ろから、男二人が足早に近づいてくる。
 梨本たちより一回りほど年上だろう。作業着にヘルメット、リュックを背負って軍手をはめ、顔は真っ黒に日焼けしている。たちまちのうちに梨本たちのところにたどりついた。
「あれま、ヘビか」
「おお」
 道端の茂みにするりと逃げようとするヘビを、一人が無造作に軍手でつかむ。梨本と有沢は揃(そろ)って声を上げた。もう一人が梨本たちに尋ねる。
「どっか噛まれたりした?」
「いえ、どこも」
「まあ、毒はないやね、この種類は」
 答えた梨本に、ヘビをつかんだ男が教えてくれる。
「わしら地元だからヘビは珍しくないから」

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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