よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

「あの、つかんじゃったりして大丈夫なんですか? その白ヘビ、ご神体じゃないんですか?」
「ゴシンタイ?」
「ほら、神の遣いとか」
「ああ、白ヘビだから? いや、これはただのペットだろ」
 白ヘビを掴んだ手がぐっと突き出され、梨本と有沢はたじろいだ。
「洋ヘビ、外来種だ。アメリカ辺りからの輸入ものだな。この辺で誰かが捨てたんだろうなあ」
「でも、こんな真っ白なヘビなんて。アリ、見たことないよな?」
「アルビノっていって、突然変異なんかで真っ白いヘビが生まれることがあるんだよ」
「神の遣いか、まあ見えないこともないけどなあ。あんた若いのにずいぶんロマンチストだな」
 男たちが笑う。白ヘビもつぶらな瞳を梨本に向け、嘲(あざけ)るように細く長い舌をひらひらと突き出す。
 目の端で有沢を見ると、やはり笑っている。
 男二人がキャンバス地の袋を広げ、白ヘビを放り込んで口を閉じ、熊に気をつけろと言い残して去っていく。
 遠ざかる足音が静寂に変わり、有沢があわてたように口を開いた。
「ナシ、パワースポットなんて興味なかったんじゃない? ご神体なんて詳しいね」
「漫画で読んだだけだって」
「あんた若いのにずいぶんロマンチストだな」
 有沢が口真似をして笑う。
 このマウンティング野郎、と梨本は冷たい笑いで対抗した。
「ここ、パワースポットだからさ。そうじゃなきゃ、ヘビ子を思い出してた」
 有沢の顔が瞬時に引きつった。
 思い出したのだろう。ゆるくウェーブが掛かった長い髪、色白で細面の顔を。斜めに流した前髪と長い睫毛(まつげ)、薄い唇、きゃしゃな体つき。ヘビ女を思わせる見た目のキャバ嬢に、かつて有沢はハマった。社会人三年目の年だ。
 真面目な人間ほど泥沼にはまる。金を貸してくれと何度も頼まれ事情を知った。彼女は自分のことが本気で好きだ、本気の恋愛なのだと言い張った。
 ──バカじゃねえのお前、目ぇ覚ませよ。
   その女に騙(だま)されてんだよ!
 一度思い切り怒鳴ったが、あとは見守るしかなかった。本気でのめり込んでいるものを否定されるたびに、有沢が傷ついているのが分かったからだ。どうにか目を覚ましてくれたときはほっとした。
「ヘビ子、どうしてるのかな今」
「さあね、それより──」
「まさかの再会? パワースポットの奇跡じゃね?」
 有沢が梨本をにらみつけた。
「ネズミ講にハマってご神体にすがるよりいいと思うけど」
「あ? 誰がネズミ講だよ。ネズミ講は法律違反、俺がやってるのはネットワークビジネス。合法なビジネスだよ!」
「どっちだって周りに心配掛けてるのは同じだよ!」
 有沢がずんずん歩き出す。
 梨本も勢いに任せ、有沢に背を向けて反対側に歩き出した。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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