よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

 やみくもに森の中を歩いていると視界がいきなり開けた。
 梨本が狭い広場のようなところに降り立つと、古い小さな社がある。ポケットから資料を出して確かめると、火之御子社らしい。五社めぐりの四社目だ。
 境内の夫婦杉が名物らしいので、とりあえずSNS用に写真を撮る。そして梨本は石垣に腰を下ろして一息ついた。小腹が空き、持参のエネルギードリンクで腹を満たそうとデイパックを下ろすと体が一気に軽くなる。
 再びの梅雨曇りで気づかなかったが、もう十五時を過ぎている。有沢から宿の名前は聞いていない。どうせこれ以上有沢と一緒にいてもぶつかるだけだろう。
 資料で奥社前の駐車場までのルートを調べた。車を飛ばせば夜には東京に戻り、日課をこなせる。
 SNSとブログを更新し、サンプルを配った相手にお伺いの電話を掛け、リーダーに今日の報告。セールスが空振りに終わったことを報告する。親友に背を向けられた今、もう梨本にはそれしか残っていないのだ。
 負けるものかと電話を掛けた。梨本にはまだ大切なものがある。
「もしもし?」
 電話に妻が出て言葉に詰まった。掛けたのは娘の携帯だ。
「……俺。ミクは?」
「今、ミニバスケットの試合中。ミクに何か?」
「戸隠神社に来てる、有沢と。ミクがお守りを欲しがるかなって──」
「おシゴトね」
 妻の声が一気に冷たくなった。
「違うって。ほら、有沢と毎年行ってる男二人旅で」
「ほんとに友だちいなくなるよ、二人とも」
「あ?」
「先週、いつメン会の神崎さんから電話が来た。結婚祝いのお礼って。二人だけ仲間外れにしたみたいで申し訳ないけど、結婚パーティーは相手や相手の家族のこともあるから呼べなかったって」
「ちょっとママ、何言ってるか分かんないんだけど」
「あなたと有沢さんが、一緒におシゴトをやってること」
「はあ!?」
「今さら隠さなくていいから」
「何言ってんの、アリがやるわけないじゃん。あいつ、昔伯父さんが失敗したとかで、俺のやってるビジネスを相当嫌ってるし」
 今度は妻が「え?」と怪訝(けげん)そうな声になった。
「だって有沢さんが神崎さんに言ったって。あなたのことみんながマルチにハマってヤバいとか、勧誘されるのが嫌だとか文句言ってるって話したら、『ナシだけじゃない。俺もナシと一緒にやってるから』って。だからいつメン会で相談して、あなたと有沢さん、二人だけを結婚パーティーに呼ばなかったって」
「──」
「パパ?」
「悪い、また掛ける」
 電話を切り、デイパックを背負って立ち上がった。火之御子社を出て、資料を頼りに歩く。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

Back number