よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

 八階建てのホテルは屋上がガーデンスペースになっている。
 エレベーターホールから出ると、板塀に囲まれた屋上は二色に分かれている。
 塀沿いにはレンガ色の床材が貼られたウォーキングコース。その内側には人工芝が貼られ、パラソル付きのテーブルとガーデンチェア、ベンチがいくつか。そして青く塗られたジャングルジムのようなものがあり、鉄棒やうんてい、腹筋や胸筋、背筋、脚の筋肉を鍛えられる器具がついている。
 美容整形の患者の暇つぶしに置かれているのだろうか。
 そろそろ日が傾き始めるころだが、真夏の陽射しはまだまだ衰えない。額に背に、みるみる汗が滲(にじ)む。支店に顔を出す前にシャワーを浴びようと屋内に戻り、エレベーターホールに入った瞬間、門松はぎょっとして立ちすくんだ。
 薄暗いホールに、ミイラが立っている。
 外の眩(まぶ)しさでかすんだ視界が落ち着いてくるにつれて、細部が見えてきた。フェイスラインを幅広のサポーターで、額と鼻は包帯で、口元はマスクで覆い、サングラスを掛けた女だ。
 ノースリーブの膝丈ワンピースを着ている。すらりと伸びた白い腕と脚、そしてきゃしゃなヒールサンダル。どう見ても美容整形を終えたばかりの患者だ。
「すみません」
 無意識に日本語で声を掛けてしまい、慌てて英語で言い直した。
 包帯女の横を抜けてエレベーターに乗り込み、クローズボタンを押す。ほっとドアに向き直った門松は再び身がすくんだ。
 サングラスがまともに門松に向いている。クーラーの冷気より冷たい何かが、門松の全身を粟立たせた。

 宿泊客の七パーセントは美容整形の患者なのだから、そこここで出くわしてもおかしくはない。
 ロビーのソファーで迎えを待ちながら、門松は周りを見渡した。
 甲高い声が聞こえて振り返ると、宿泊客の若い女子三人組がエレベーターホールではしゃいでいる。大陸から整形手術に来た中国人のようだ。
 一人は鼻を、一人は顎先を大きな絆創膏(ばんそうこう)で覆い、一人は帽子のつばを目が隠れるほど下ろしている。皆、両手いっぱいにショッピングバッグを持ち、満足そうに笑い合っている。街中でショッピングを堪能してきたのだろう。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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