よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「ごめん、君、誰なの?」
 少し語調を強めて歩み寄ると、女が「あれ?」とささやいた。そして大きく開いたタンクトップの袖ぐりから覗(のぞ)く脇腹の上部を指で示した。
「門松くん、ここ、取っちゃったの?」
「え、痣(あざ)? ああ、うん……」
 乳首と脇の中間に、生まれつき五センチほどの茶色い痣があった。フィットネスモデルの大会を目指すと決めたときに取った。やるからには完璧に美しい肉体を披露したかったからだ。
 女が「そっか」とうなずき、少しズレたサングラスをあわてたように指で押し戻す。
「取ったのは、レーザー照射で?」
「え?」
「レーザー照射」
「ああ。あー、そうだった。そう、レーザーで――」
 言葉が途切れた。
 門松がタンクトップを着るのは筋トレのときだけ。着るようになったのも、筋トレにハマってからだ。
 痣を見たことがあるのは、身内と男友だち、あとは寝た女しかいない。
 女が数歩離れ、くるりとスカートをひるがえすようにして、また門松に向く。
「ねえ、門松くん。今は彼女、いるの?」

 

 ――まさか、あの包帯女は俺の元カノ?
 ほろほろに煮込まれた丸ごとの鶏に箸を刺しながら、門松は再び考え込んだ。
 昨晩、ベッドの中でも考えたことだ。肉をむしりながら、今まで付き合った女たちを思い浮かべる。身長は、スタイルは、と包帯女と比べていると、女の声に遮られた。
「意外」
 二十時過ぎ、夕食時で混み合う参鶏湯(サムゲタン)専門店のテーブルで、二つの器から立ち上る湯気越しに、レナが顔を突き出すようにして話しかけてくる。
「こんなに格好いい人が来るなんて、想像もしてなかったです」
「あ、それ俺が今言おうとしてた。こんなに可愛い子が来るなんて嬉(うれ)しすぎる」
「実は今日ソウルで整形しました。なーんて」
 レナが笑ってビールを飲む。
 二十三歳の会社員・レナとは海外旅行サイトを通じて会うことになった。一人旅の者同士、『旅先で食事をしませんか』と募集を掛けるための掲示板があるのだ。海外出張でスケジュールに余裕があるときは、だいたい一つ二つは約束を入れておく。
 今日も支店で手早く仕事を終えてホテルに戻り、私服に着替えて待ち合わせに臨んだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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