よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「知ってます? ソウルで整形し過ぎて日本に戻れなくなっちゃう人がいるんですよ。顔が変わりすぎたりとか、包帯で顔が見えなかったりとかで、出国審査で止められちゃうの。だから帰国するために、整形した病院で整形証明書をもらわないといけないんですって」
 お前本当に整形したんじゃねえのか、と心の中で突っ込む門松をよそに、レナが続けて尋ねる。
「今回は、どういう旅行で来たんですか?」
「んー、有休とマイルがたまってたってだけ。気分転換には海外が一番でしょ? 一人だから身軽に飛べるしね」
「えー、マッツーさん、彼女いないんですかあ?」
 マッツーというのはサイトで使うハンドルネームだ。
 レナというのもおそらく同じだろう。ネットでのやり取りだけでのこのこやってくるのはどの女も同じだが、警戒することなくビールを飲み干しているのを見ると、いつも以上にベッドに連れ込むのは簡単そうだ。
「マッツーさん、海外ではいつもこうやって女の子と会うの?」
「まさか。初めてだよ。ほら、旅先って大胆になったり、思い切ったことができたりするじゃない?」
「そうそう。非日常ですもんね」
 門松を見るレナの頬が上気してきたのが分かる。
 恵まれた外見の門松は、幼稚園児のころから女子に奪い合われ、女性教諭に贔屓(ひいき)されていた。よりどりみどりの選び放題、モテ続けの人生を経て今に至る。
 自分から女性に告白したことはない。興味を抱いた女は、ちょっとアプローチさえすれば、すぐに手に入るからだ。
 あの包帯女も、ひょっとしたらそのうちの一人かもしれない。
 レナの旅日記――コスメを買って、服を買って、エステに行って、飲み食いして――を聞き流しながら、再び今まで付き合った女を頭の中で並べる。
 行列は途切れることなく続くが、進むほどに顔がぼやけていく。
 骨から肉をすべてむしり終えてしまった。包帯女の正体は見当もつかない。諦めて「ごちそうさま」と金属製の重たい箸を置いた。
「マッツーさん、肉しか食べないんですか? この、鶏のお腹に詰めてあるもち米がおいしいんですよ。出汁を吸って、具からも味が出て」
「言ったじゃん、糖質は制限してるから。それよりレナちゃん、ビールの次は何飲む? 明日帰るんでしょ? 悔いがないように飲んどきなよ。酒、好きなんでしょ?」
「うん……。でも、私だけ飲むのは飲みづらくて」
 レナはグラスに残ったビールを飲み干し、「ごちそうさま」とテーブルに置いた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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