よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「入口、結構順番待ちしてる人がいますよ。出た方がいいですね」
「そうだね、散歩がてらレナちゃんのホテルまで送るよ」
「え?」
「もっとレナちゃんの話、聞きたいし」
 レナが門松の顔を探るように見つめる。キメ顔で応えると、少しの沈黙のあとでレナが切り出した。
「私、行きたいマッコリバーがあるんだけど。一緒に行きません?」
「だから、俺は糖質制限を――」
「焼酎もありますよ。それなら糖質ゼロだし大丈夫ですって」
 糖質ゼロでも睡眠中の代謝が落ちてしまうのだ。だから好きな酒を我慢してるのに、気安く言いやがって。腹が立ったがそれは後回しにして素早く計算した。
 ホテルまで送る間に盛り上げて、レナの部屋まで押しかけるつもりだった。しかしこの調子でバーに行けば、レナは最低でも一時間、いやもっと飲むだろう。
 その間水かお茶で我慢しても、そのあと部屋に入れてくれるとは限らない。
「残念だけど、今日は帰るよ」
「えー、せっかくなのに」
 レナがつまらなそうな表情になった。ここ二年、同じような表情をする女を、門松は何度となく見てきた。
 ――つまんない。
 筋トレにハマってから、ガールフレンドは皆去っていった。
 ランチやディナーは鶏のささみとゆで卵とプロテインドリンク。トレーニングと仕事を最優先し、残ったわずかな時間は疲れてどこにも行きたがらない門松をひたすら癒してくれるような都合のいい女は、今のところ現れない。
 たまに現れたかと思うとあからさまな結婚狙いだ。一流商社に勤める男の妻になるためなら何だってする、というギラついた欲望が透けて見えるとさすがに萎える。
 最初は何とか理解してもらおうと頑張ったものだが、今はもう諦めている。替わりにこうやって出張先で、後腐れがないように遊ぶ。
 ニンニクとかシナモンとか性欲を掻(か)き立てるようなものを食べさせればよかった、と後悔しながら伝票を取った。テーブルチェックなので店員を呼ぼうと顔を上げたとき、レナの背後に見慣れた姿があった。
 二時間前まで一緒に得意先回りをしていた成田がこちらを見ている。スーツ姿のままのところを見ると、会社帰りに食事に寄ったらしい。
 反射的に向かいのレナを見ると、スマホに視線を落としている。成田に向けて小さく顎をしゃくり、あっちへ行ってくれと合図した。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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