よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

 ホテルのエレベーターが七階に着く。門松は開くドアの前で身構えた。
 薄暗い廊下に目を凝らしたが、包帯女はいない。
 ほっとしたが、すぐに不安が蘇り、急いで七○四号室に向かった。両サイドに規則的にドアが並ぶ直線の廊下を足早に歩きながら考えた。
 腑(ふ)に落ちなかった点の答えが見つかったかもしれない。
 包帯女が門松の元カノだとしたら、なぜわざわざ声を掛けてきたのか。だいたい、美容整形手術をしたことを、知り合い、とくに元カレに知られたくはないだろう。
 考えられることは一つ。それなりの覚悟で声を掛けたということだ。
 たとえば、門松に振られたことを恨んでいる。顔を隠していられるのをいいことに、何か仕返しをするつもりなのかもしれない。
「会社に乗り込む、とか……」
 独り言が口をついて出た。
 ホテルのフロント担当者に、さりげなく包帯女のことを尋ねてみたが、教えてはもらえなかった。そんな客は何人もいるだろうし、第一、個人情報を漏らさないのはホテルスタッフの基本だ。
 どうしたものかと伸びをしたとき、右側からすっと人影が現れ、門松は小さく声を上げた。
 包帯女が真正面に立ち塞がっている。
「お帰りなさい」
 包帯の隙間から赤い唇がささやきかける。
 右側を見ると、ドアがない入口があり、奥に無料製氷機のコーナーがある。そこから出てきたのだ。
 門松を待ち伏せしていたのかもしれない。
「――こんばんは」
「遅くまでお仕事大変ね。お疲れさま」
 そう言う割には、真正面に立ち塞がったまま退く気配はない。
 門松は覚悟を決めて切り出した。
「あのさ、少し、付き合ってもらえるかな?」
「付き合う?」
「あ、時間をくださいって意味。ちょっと、話をしたいんだ」
 あわてて言い直した門松を、サングラスがじっと見つめる。
「じゃあ、デートしましょう」
「はい?」
 包帯とサングラスで覆われた顔をまじまじと見た。
 この見た目で街を歩く気なのか。聞くに聞けず口ごもっている門松の前で、女は着ている袖無しパーカーのフードを被った。
「大丈夫、夜だから。サングラスはグッチだし」
 そういう問題じゃないだろう、と言う間もなく、ひんやりと冷たい手が門松の腕を取った。そして廊下を突き進んだかと思うと、あっという間に門松をエレベーターに引き込んだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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