よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

 包帯女はホテルの前で門松をタクシーに押し込み、自分も乗り込むと、ポケットから出した紙になにやら書き付けて運転手に差し出した。
 十分足らずで着いたところは漢江(ハンガン)公園だ。
「ここ、ずっと来たかったの」
 女が嬉しそうにささやく。
 ライトアップされた橋が、暗い水面に七色の光を落とし、川向こうのビル群は夜空をきらめかせている。
 平日の夜だが、夕涼みに来たらしいカップルの姿がそこここにある。
「俺が一緒でよかったのかな?」
 門松は女のサングラスにキメ顔を映した。
 せっかくのチャンスなのだ、女の正体を探り出してやる。そうすれば弱みを握れる。何かしようものなら、整形女だとバラしてやると脅せばいい。
「足元、サングラスしてると見えづらいでしょう?」
 つかまって、と女に腕を差し出すと素直につかまった。
 空いているベンチまでエスコートし、待たせて近くの屋台で水を二本買った。戻って女に一本を差し出すと、包帯顔が「ありがとう」と小首を傾(かし)げた。
「門松くん、今夜はトレーニングはいいの?」
「うん、朝もするしね」
「朝も? 大変だね」
「まあ、朝トレのあとのコーヒーは美味(うま)いから。脂肪の燃焼にもいいしね」
「そうなの? ホテルの近くにおいしいコーヒーショップがあるの。一緒に行かない?」
 わざと間を置いてから切り出した。
「君の名前、教えてくれるかな?」
「――」
「君の顔を見たらきっと思い出せるけど、今は、ねえ?」
「じゃあ、カイコ」
「カイコ?」
「ほら、糸を口から吐き出す虫。これ、繭(まゆ)に見えるでしょう?」
 女が顔に巻きつけた包帯を指で示す。
「じゃあ、カイコちゃん。大丈夫なの、動いたり喋ったりして。もう、痛みとかないの?」
 まずは優しさをアピールする。仮面を割って正体を突き止めるためだ。
「大丈夫、痛み止めも飲んでるし」
「大変な手術だったんだね?」
「うん。目を大きくして、鼻を細く高くして、額を丸くして。顎は引っ込めて、エラは削った。輪郭をシャープにしたの」
 小さな女の子が粘土細工の人形について語っているようだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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