よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「腫れが引くまで時間がかかるけど、先生は見違えるようにきれいになるよ、って言ってくれた」
「怖くなかった?」
「それは……。それまではレーザーでホクロを取ったことくらいしかなかったから。でも、きれいになりたかったから」
「カイコちゃん、俺の元カノじゃないんだ?」
「え?」
「俺、きれいな子としか付き合ったことがないから。元カノなら、君もきれいだと思う」
 ふふ、とカイコは笑っただけだ。
「自分がきれいかどうかは自分の気持ちで決まるの。私、自分のことがきれいだとは思えなかった」
「向上心は素晴らしいことだと思うよ。カイコちゃん、物事は旅なんだ、どんなことも必ず自分に返ってくる」
 成田の言葉を拝借し、そして付け加えた。
「今の努力はきっと、カイコちゃんを幸せにするよ」
 さっきより小さくなったささやきが聞こえた。
 聞き返すと「努力」というのが聞き取れた。
「勉強したり、運動したり、ダイエットをしたりすると讃(たた)えられるよね。向上心だ、素晴らしい、って。なのに、美容整形をする、した、って言うと、引いたり笑ったり蔑んだりされる。どうして? 勉強や運動やダイエットと同じ、自分を磨こうとする努力じゃない」
「――」
「もっときれいになりたい。だから努力するのに、家族や友だちでさえ分かってくれない。整形なんか必要ない、考えすぎ、不自然、気持ち悪い、お金が勿体(もったい)ないって……。私の努力を平気で否定する。美容整形の弊害についての記事をわざわざ見せつけたり。私が、どんな思いでいるのか分かろうともしないで……。美容整形っていう努力は、私を寂しくもさせるの」
 握ったペットボトルが音を立てた。
 サングラスが門松の顔に向く。
「ごめんなさい、つまんない話して」
「そんなことないよ」
「だって門松くん、怖い顔してる」
「それは、感動したんだよ。カイコちゃん、頑張っててえらいなあ、って。自分を磨こうとする努力を否定するやつの方がおかしいから」
 ――必要以上に筋肉つけてどうすんの。
 ――自己満足のためだけのムダな筋肉。
 門松もこの二年、何度も否定されてきた。
 ナルシスト、金が勿体ない、体に悪い、自己満足。まさにカイコが言うところの「努力の差別」を何度も味わってきた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

Back number