よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

 朝十時、職場に向かう人や車の流れが落ちついたころ、今日もホテル前の通りを顔を覆った女たちが通る。
 ホテルの向かいのカフェで表通りに面したテーブル席に陣取った門松は、ハーフミラーになっていて外からは見えにくいのをいいことに、女たちを眺め回して暇を潰した。
 成田に無理を言って、急きょ午前中の予定を午後の空き時間にずらしてもらったのだ。
 今日も快晴だ。陽射しが暑いだろうに、重装備の顔に集まる熱を放つように、女たちはノースリーブやミニ丈のスカートで腕や脚を剥き出しにして足早に歩いていく。
 ――私を寂しくもさせるの。
 昨夜のカイコのように、あの女たちもそれぞれ孤独を抱えているのだろう。
「来た」
 二時間待ってついにターゲットが現れた喜びが、独り言となって口をついて出る。
 ホテルの入口からカイコが出てきた。今日もワンピース姿で、深々と被ったキャスケットとサングラス、マスクで顔の大半を隠し、大きなトートバッグを肩から提げている。これから美容クリニックで診察を受けるために出かけるのだろう。
 門松はサングラスを掛けて店を出た。
 二十メートルほど先にカイコの後ろ姿が見える。見つからないように距離を保ちつつ、あとをつける。
 カイコが向かう美容クリニックがどんなところか分からない。だが、運が良ければ名前を呼ばれるところに居合わせることができるかもしれない。それが叶(かな)わなくても、追っていればカイコが誰かと会ったり、オーダーや何かで名前を口にするかもしれない。
 カイコは地図も何も見ることなく、迷いのない足取りで歩いていく。信号で足を止めたので、とっさに道端の露店に体を向けた。横断歩道を渡っていくのを確かめて、また追う。
 やがて通りの人口密度が一気に高くなった。
 道の両側には看板がひしめいている。ハングルに交じって『美容』『医院』『毛』『Clinic』『Beauty』という文字が目に飛び込んでくる。
 ――狎鴎亭(アックジョン)、整形ストリート。
 昨夜スマホで調べておいた。芸能事務所と美容整形クリニックが密集しているという。
 カイコが右に曲がり、立ち並ぶビルの間に消えていく。見逃さないようにと目を凝らした瞬間、目の前に立て続けに車が入ってきて遮られた。
 小さく足踏みをして通り過ぎるのを待ち、飛び出すようにして追った。カイコが消えた、食堂と土産物屋の間の道に入った。
「え……?」
 まっすぐに伸びている道を見渡しても、追ってきた後ろ姿がない。
 小走りで道なりに進んでみた。どこかに整形クリニックがないかと道の両脇を交互に見る。一心に首を振っているような門松を見て、向かいから来る人が不思議そうな表情になる。
 角を曲がり、また角を曲がる。そして辿り着いたのは、さっきの食堂だった。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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