よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「漢江につれていってくれてありがとう。門松くんと一緒に行けて、本当に嬉しかった」
「――」
「門松くんが元気そうでよかった。お互い、自分磨きを頑張ろうね。どこかで応援してるから」
 カイコが肩にバッグを掛け直す。とっさに告げた。
「あ、ちょっと入って」
「え?」
「カイコちゃんに渡したいものがあるから。いや、大丈夫だから」
 ベッドに行き、上に置いておいたウォーターバーベルを取ってきた。カイコを招き入れてドアに挟んだ。
 ドアが十センチほど開いたままで固定される。それでも、廊下から部屋の中までは見えないだろう。
 カイコが特大スーツケース二個を見て、両手を頬の辺りに当てる。
「わあ、こんなに荷物を持ってきたんだ」
「ねえ、東京に帰ったら、ゆっくり会わない? カイコちゃんの体調が戻ったころでいいよ」
 諦めるつもりだったのに、いざとなるとやはり正体を確かめずにはいられない。
「連絡先を交換しようよ」
「いつか旅先で見た、『持ち帰るのは思い出だけ』ってフレーズ。私たちもそうした方がいい」
「じゃあ、俺の連絡先だけ渡しておくよ。もし、カイコちゃんの気が変わったら、いつでも連絡して」
 仕事用のバッグに手を入れて、メモ用紙を探すフリをしながら、素早くカイコを一瞥(いちべつ)した。
 レナが言っていたことを思い出したのだ。
 ――帰国するために、整形した病院で整形証明書をもらわないといけないんですって。
 顔中を大改造したのなら、きっと持っているに違いない。
 肩に掛けた大きめのトートバッグは、機内に持ち込むものだろう。チケットはスマホの中だとしても、パスポートや整形証明書はきっと、あの中に入っている。
 門松は素性を知られているからめったなことはできないが、整形証明書を手に入れれば話は別だ。
「あ、そうだ。連絡先よりも」
 声を掛けると、カイコが「なあに?」と門松に近づいた。
「カイコちゃん、SNSはやってない? そっちで繋(つな)がるのはどうかな、って――」
 勢いよく振り返り、手を滑らせたフリで紙コップをカイコにぶつけた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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