よみもの・連載

大人の旅の物語

2 癒やしのホテル

遠藤彩見Saemi Endo

「今、いつ?」
「いつって、金曜、帰国の日でしょう」
「金曜!?」
 丸一日飛んでいる。三時間ではない、二十七時間寝ていたのだ。
 朝晩のトレーニングとカイコのことで睡眠不足だったが、それだけでここまで眠り続けるわけはない。
「コーヒーだ」
 つぶやいた門松をよそに、成田はホテルスタッフに韓国語で何ごとか話しかける。ケンチャナ――大丈夫――と言われたスタッフが去っていく。
「成田さん、接待は!?」
「いくらなんでも失礼じゃないですか、すっぽかすのは。あちら様もかなり気分を害されていましたよ」
「何で連絡してくれなかったんですか、ホテルに様子を見に来るとか!」
「私は門松さんの代わりに接待をしていましたから。スタッフに命じて門松さんの携帯に連絡させましたが、何度電話しても出ないと。仕方なく本社にも連絡しました。門松さんが妹さんとソウルで会っていらしたので、妹さんに行方を知らないか連絡を取ってほしいと」
 門松に妹はいない。出張中に女と会っていたと、会社に告げ口されたのと同じだ。
 こいつは嘘を察していながら、わざと本社に告げたのだ。睨(にら)む門松を成田は平然と見返す。
「帰国後すぐに会議もあると伺いましたが」
 今日、門松は朝一のフライトで帰京し、十三時からの会議に出席する予定だった。こちらも絶対に間に合わない。エアチケットも自前で買い直すしかない。
「チェックアウトの時間を過ぎています」
「延長するってフロントに言って。チェックアウトもやっといて」
「あいにくですが、本社から自分の仕事を優先するようにと言われましたので」
「――」
「これ、さっきロビーに届いたそうです」
 成田は門松にB5サイズのクッション封筒を押しつけて会釈をした。そして門松の呼びかけをぴしゃりとドアで断ち切った。
「ああ!」
 吠(ほ)えてから封を切る。そして門松は目を見張った。
 入っていたのは門松のスマホだった。薬の効きが悪くて目覚めてしまっても、すぐ誰かに連絡がとれないよう、カイコが持ち出していたのだろう。
 虹彩認証を設定しておいたのが不幸中の幸いだ。ロックを解除されて個人情報を漁られたり買い物をされたりはせずに済んだ。とにかく帰国のフライトを確保しなければと航空会社のアプリをタップしたとき、電話が鳴った。
 番号は非通知だ。出ると聞き慣れたささやき声が「おはよう」と語りかけた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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