よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【土曜・五時/栞(しおり)】
「おはようございます。お待たせいたしました」
 旅の始まりを告げたのは、凛とした女の声だった。松永(まつなが)栞を包んでいた眠気を、磨き抜かれた自動ドアが払いのける。
 ぴしりと制服に身を固めた係員が、栞と千原風馬(ちはらふうま)、そして同じようにオープンを待っていた数人の客に挨拶し、「CLOSE」と記されたスタンドプレートをどける。
 今、栞たちが入場を待っている「ロイヤルチェックイン」は、羽田空港国内線ターミナルの細長い出発ロビーにある。国内大手航空会社の日本中央航空が、ロイヤルクラスと称する特別席を利用する乗客専用に設けたゲートだ。
 生まれて二十七年目にして、初めて足を踏み入れる。風馬も栞と同じだ。栞はトートバッグを肩にかけ、風馬は自分のバッグを載せた二人共用のキャリーバッグを引いて、グレーの濃淡でまとめた高級感溢(あふ)れるエリアを進んだ。
 すぐにロイヤルクラス専用の保安検査場が現れる。特別な乗客は列に並ぶことなく、あっという間に保安検査を終えることができるのだ。
 搭乗を待つ場所も同じように、専用のラウンジが設けられている。受付でロイヤルクラス搭乗券をスマホ画面で表示すると、微笑(ほほえ)みで中へと送り出される。短い通路の先で待っていた光景に、栞は小さく声を上げた。
 濃紺とシルバーの内装がシックなラウンジが広がっている。ぐるりと取り囲むガラス窓の向こうには、晩秋の朝を迎えつつある滑走路が見える。
「ね、ね、すごくない?」
「声が大きい」
 栞を制した風馬も「まあまあすごいよな」と小さく付け加えた。
「ロイヤルクラスの値段が高いのも分かる。こういう特典があるんだから」
「LMCに入ったら、これが毎回なんだよね」
 ロイヤルメンバーズクラブ、LMCは、日本中央航空が設けている上級会員制度だ。
 ロイヤルクラスに何度も乗り、スカイポイントと呼ばれるポイントを五万ポイント貯(た)めるとLMCに加入できる。年間一万円強の会費を払い続ける限り、普通席を利用するときも、ロイヤルクラスの乗客と同じ特典を一生享受できるようになるのだ。
 専用保安検査場にラウンジ、普通席より先に機内に案内される優先搭乗。預ける荷物の重量制限も緩和され、プライオリティタグがつけられて一番先にターンテーブルに出てくるという。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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