よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

 ──大丈夫、金は掛かっても元は取れるって。
 張り切って説明してくれた風馬の言葉を思い出した。
 ──二人で旅行すると、いつも時間が足りないなあ、って話になるじゃん。
   LMCを取れば、荷物の受け取りとか、保安検査とかの時間を短縮できるよ。
   ラウンジや優先搭乗で体力の消耗も減らせるし。
   栞が北海道の実家に帰省するのも楽になるしさ。
 旅好きの栞が常々望んでいたことばかりだ。この先、結婚して子どもを設け、北海道の実家に帰省するときのことを想像すると、是が非にも欲しくなった。
 LMCの会員は年々増え、二十代で取得する人も珍しくないという。少々贅沢(ぜいたく)かもしれないが、自由が利く若いうちに頑張って取るのもいいかもしれない。
 しかし、ごく普通の勤め人である二人が簡単に取れる資格ではない。
「修行、頑張ろう。負けられない戦いだからね」
 滑走路を見渡せる窓際の席に向かいながら、栞は風馬に小声で告げた。
 必要な五万ポイントをできるだけ金を掛けずに貯めるには、チケット代以外の費用を極力削るしかない。そのためにLMC入会を目指す者たちは知恵を絞る。
 そして生み出されたのが「修行」と呼ばれる飛行ルートだ。
 羽田と那覇を一日二往復、一日で日本一周、滞在時間わずか六時間のシンガポール往復。滞在費や宿泊費がなるべく掛からないようにフライトを凝縮し、空港から出ない。普通の旅行者が考えないようなハードなフライトプランだから「修行」だ。
 そして「修行僧」となった栞と風馬は、その中でもトップクラスの「修行」にこれから挑む。
 無料のドリンクカウンターからコーヒーを取ってきた風馬と入れ替わりに席を立った。同年代の男子が一人で座っているのはちらほら見かけるが、栞たちのような若いカップルは見当たらない。
 年配のグループは早朝だというのに、無料のスナックをかじりながらグラスビールを豪快に空けている。栞もグラスビールとスナックの小袋を手に席に戻った。
「修行のスタートに乾杯」
 窓外の朝陽へとグラスを掲げてスマホのカメラで撮影していると、自作の修行スケジュール表に目を通していた風馬に冷ややかな視線を向けられた。
「栞、やめとけって。ろくに寝てないのにもう酒とか」
 今朝は三時に起きて、二人で暮らす古いマンションから羽田空港に向かったのだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

Back number