よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

 イベント設営の仕事に携わる風馬は、そのため日本全国に行くが、プライベートでは福岡にも青森にも新幹線で行く。実家のある宮崎に帰るときさえ新幹線と特急を乗り継ぐ。口には出さないが、きっと飛行機が嫌いなのだろうと栞は察していた。
 それが三カ月前、風馬は突然、栞に宣言したのだ。
 ──俺、LMC修行をするから。
 冗談だろうと思っていたら、暇さえあればパソコンに向かうようになった。日本中央航空のホームページを見て修行のルートを作っては見直し、ロイヤルクラスのチケット争奪戦で勝利を収め、それからもお得なチケットが発売されないか常に目を光らせていた。
 ──風馬くん、どうしてLMCの会員になりたいの?
 不思議に思った栞は尋ねてみたが、LMCの利点を力説されただけだった。
 風馬が望んでいるのは別のものではないのか。搭乗開始のアナウンスを受け、ラウンジをあとにしながら、栞は先を歩く風馬を観察した。
「行ってらっしゃいませ」
 受付の女性係員に微笑み掛けられ、風馬が心持ち胸を張ったのが分かる。ロイヤルチェックインエリアに入るとき、優先保安検査を受ける際に丁重な挨拶を受けたときもそうだった。
 この丁重なもてなしを受けたいがため、というなら、LMCの会員になりたがるのも分かる。
 最近は飲んで帰ることが増え、考え込んでいる姿をよく見かける。もしかしたら、仕事のストレスが溜(た)まっているのかもしれない。
「どうした?」
 視線に気づいたのか風馬が栞に顔を向けた。あわてて「ううん」と笑顔を作り、トートバッグを肩に掛け直した。
「ねえ、国際線のラウンジはどんなかな? あっちは国内線のラウンジと違ってご飯も食べ放題だよね? お酒の種類もたくさんあるんでしょ? 早くシャンパンが飲みたいなあ」
 考えても仕方ない。風馬も言いたくなったら言うだろう。二十四時間強の修行を楽しく過ごせば、風馬の心もほぐれるに違いない。
 栞はふざけて風馬の肩に自分の肩をぶつけた。
「修行、頑張ろうね!」

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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