よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【土曜・六時/風馬】
 栞はなぜこんなにテンションが高いのだろう?
 搭乗ゲートのベンチに座った風馬は、そわそわと立ったままの栞を見上げた。
「ねえ、窓の外のあれ、私たちが乗る飛行機でしょ? 写真撮ろうよ!」
 時間がないだろう、と風馬が言う前にアナウンスが流れた。
「続きまして、これよりロイヤルクラスのお客様、LMC会員のお客様を機内にご案内いたします」
「来た!」
 栞が風馬の手を引っ張って立たせ、意気揚々と搭乗口に向かう。
 一刻も早い搭乗をと、ずらりと並ぶ客たちの前を抜け、「行ってらっしゃいませ」と搭乗橋に送り出される。優先搭乗の喜びはそれだけではない。
 機内に入ると、すぐにロイヤルクラスのエリアだ。荷物を頭上に収め、最前列の窓際から二つ並んだシートに揃(そろ)って座ると、間もなく普通席の搭乗が始まった。栞が興奮したようにささやく。
「ねえ、ねえ、私たち見られてる!」
 横の通路を普通席に向かう乗客がぞろぞろと通っていく。何だか落ちつかない。
「ロイヤルクラスが一番前にあるのって、乗り降りが早くできるから、だけじゃないのかな。こういうさあ、見られてる感もオマケ、みたいな?」
「前方の座席って事故ったとき死亡率が高いっていうけど」
「もう、ヤなこと言わないで」
 テーブルが収納された肘掛けを越えて、栞の肘が風馬の腕を突いたとき、CA──客室乗務員──が現れて二人の前で身を屈めた。
「千原様、松永様、ご搭乗ありがとうございます。本日、担当させていただきます額田(ぬかだ)と申します」
 額田の襟元には金色のバッジが輝いている。CAのトップ、チーフパーサーの証だ。丁重な挨拶に気押されまいと胸を張り、挨拶を返す。
 飛行機は正直苦手だが、CAのエレガントな身のこなしを見ると少し緊張が和らぐ。悪いことなど何も起きないような気がするからだ。
 栞は感激したように額田を見送る。
「あー、風馬くんCAさんに見とれてる? まあ分かるよ、っていうかCAさんってみんな美しいよねー。それにあの姿勢の良さ。あれって腹筋と背筋を相当──」
「三時起きでよくそんなテンション高いよな」
「何て?」
 栞は普通席にはないフットレストに苦戦している。二度言うのも気が引けて「別に」と操作を手伝ってうやむやにした。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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