よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

「ねえ風馬くん、メニュー! 朝ご飯、おいしそう」
 フードやドリンクのメニュー、機内誌、非常用案内と、栞は前ポケットに入っているものをすべて取り出して見ている。
 ロイヤルクラスは国内線でも機内食が出るのだ。朝食抜きで来たので腹が空(す)ききっている。
「ローストビーフのサンドイッチとトリュフのポテトサラダと、あ、デザートは黒糖アイス。那覇便だからだよね!」
「知ってるよ。メニューならホームページで見せたじゃん」
 避難の映像が流れるので念のために見ながら答えた。栞はめげない。次は機内販売のカタログをめくっている。そして、ページを開いて風馬に見せた。キャラクターもののステンレスボトルが載っている。
「これ機内限定販売だって! まだ売ってるよね?」
「男向けの商品じゃない?」
「お土産。ジムの先輩がこのキャラすっごい好きなの」
「今買っても荷物になるだけじゃん」
 栞の返事がないので焦った。ばっさり切り捨てられたので怒ったのかと思ったが違った。
「風馬くんさ、もしかして窓側に座りたかった? 離陸のときとか景色見えるし」
「いいよ、俺がこっち取ったんだから。鉄道と違って飛行機の窓から見える景色なんて空ばっかりだし」
「空ばっかり、って──」
「栞、なんかテンション高いよね」
 ついまた言ってしまった。
 しまった、と思ったが遅かった。栞の声が低くなった。
「ねえ風馬くん、何?」
「何って?」
「分からないけど、何かあるんじゃないの? あるんだったら言って」
 革張りのシートにもたれた栞の顔が、すぐ目の前にある。
 ロイヤルクラスに乗るからと張り切ってメイクしているが、栞の素顔も風馬は好きだ。スポーツを生業(なりわい)にし、代謝がいいからか、肌がきれいで輝いている。
 栞が勤めるジムのイベントで出会って一目惚れだった。細かいことに気を取られがちな風馬と正反対の、大らかで明るい性格を知ってさらに好きになり、それから三年一緒にいる。うまくいっていると思っていた。
 それなのに、栞はなぜ風馬の家族になることを断ったのだろう。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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