よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

 LMCの本会員は家族カードを発行できる。本会員の半額の会費で、本会員と同じ特典を享受できる。五十万円近くの金を掛けて修行をしなくても手に入るのだ。
 結婚はしていないが、同居して生計をともにしていればパートナー、家族と見なされる。だから提案したのだ。
 ──俺が一人で修行をして、LMCの本会員になる。
   それで栞に家族カードを渡すっていうのはどう?
 ──私、自分のカードが欲しいから。
 あっさり断られた上に、「自分のカード」のために張り切っているのを見ると、何とも言えない気持ちになる。
 おまけにステンレスボトル。土産に渡すつもりの先輩はたぶん男だ。
 悶々(もんもん)とする風馬に栞が「言ってよ」と畳みかける。
「これから先は長いしさ、なんかあるならお腹にためないで。ジムで教えてるときによく言うんだけど、疲れるとネガティブな気持ちは倍になるから」
「別にネガティブなわけじゃ……」
 女々しいことは言いたくない。どう言い訳しようかと考えたとき、膝の上に置いたクリアファイルが目に入った。とっさに思いついたことを口にした。
「俺さ、提案したいことがあって」
「提案?」
「そう。それで話そう、話そうとしてるのに、栞がテンション高くて割り込めなくて」
 栞が「あ」と口をおさえた。クリアファイルに入れておいた那覇空港の案内を出し、端に載った広告を栞に見せた。
「このフライトのあと、那覇で三時間待つじゃん? その間、このウミカジテラスって行ってみない? 前に沖縄行ったときは、まだなかったじゃん」
 わあ、と目を輝かせた栞が、すぐに真顔に戻った。
「でも風馬くん、体力温存しないとだからダメ、って言ってたじゃない」
 ウミカジテラスは空港からほど近く、海中道路でつながった小島、瀬長島(せながじま)の一角にある。ギリシャのサントリーニ島のように、海に面した斜面に洒落(しゃれ)た白壁のカフェやレストラン、雑貨店が並んでいる。リゾート気分を味わいたい、と栞が行きたがっていたのだ。
「うん、まあ、でもやっぱり、ちょっとくらいならいいかな、って。全部ロイヤルクラスでフライトなんだから、多少疲れても寝ればなんとか」
 電子音とともにシートベルトサインが消えた。いつの間にか水平飛行に入ったのだ。さっそく額田がやって来る。
「お飲み物は何にいたしましょう」
「シャンパンを」
 栞ときれいに声が揃ってしまった。
 運ばれてきた脚のないグラスに、ピッコロサイズのシャンパンを注(つ)ぐ。
「乾杯」
「乾杯」
 栞は快晴の窓外に向けてシャンパンのグラスを掲げ、スマホで撮影している。「修行」を取り上げたブログやSNSでよく目にするショットだ。
「何かさ、旅行中って心のセンサーが倍になるよね! すべてがきらきら!」
 シャンパンを飲み始めたばかりなのに、栞はもう酔ったかのようにますますテンションを上げる。これ以上余計なことを考えないように、風馬はシャンパンをぐっと呷(あお)った。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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