よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【日曜・十八時/栞】
 晩秋だというのに、暮れつつある那覇の空は夏の夕暮れを思わせる。
 冷たいそばにすればよかったと思いながら、栞はソーキそばをすする手を止めて顔ににじむ汗を紙ナプキンで拭った。
 隣の風馬も窓外の滑走路を見ながら、無言でソーキそばをすすっている。三十三時間前、この那覇空港から揃って浮かれてウミカジテラスに向かったのが嘘(うそ)のようだ。
 昨日は羽田から那覇、那覇から羽田の二フライトをこなしたあと、国際線のラウンジでシャワーを浴びて飲み食いを堪能し、羽田発のフライトでシンガポールに向かった。
 七時間のフライトを経て、シンガポールに到着したのは夕方。広いチャンギ空港でお土産を買い、またラウンジでシャワーを浴びて無料の食事で腹を満たし、とんぼ返りで羽田行きの飛行機に乗った。
 確かにロイヤルクラスはシート幅が広め、フットレスト付きで普通席より快適だ。しかし、乗り継ぎ、乗り継ぎで二十時間近く飛行機に乗り続ける修行僧の疲労まではさすがに受け止めきれない。世の中には高い金を払って座っているだけの修行もあるのだと身を以(もっ)て知った。
 午前中に羽田に着いて那覇行きの便に乗り継いだが、そのあたりから、もう風馬とはろくに口を利いていない。
 ずっとべったり一緒にいるのだ。話題も尽きたし、口を開くのもおっくうなほど疲れている。もうメイクも面倒で、シンガポールでシャワーを浴びてから素顔のままだ。那覇での待ち時間は空港の端にある食堂に向かうのが精一杯だった。
 疲れは人を鈍くする。メニューを選ぶのも食べるのも金を払うのも、いつもの倍時間が掛かった。あっという間にラストフライトの時間が迫り、重い体を引きずって保安検査場に着いたとき、風馬が「あ」と立ち止まった。
「やばい、スマホ忘れてきた」
「うそ……」
 店に戻る風馬と分かれ、先に保安検査場に入るともう出発時刻の二十二分前になっている。おまけに、日曜とあってかなりの行列だ。
 那覇空港には羽田空港のようなロイヤルチェックインエリアはない。代わりに使える優先レーンに栞が並ぼうとしたとき、横からやってきた背の高い男にぶつかった。
「あ……」
 息を呑(の)んだ栞と同じように、剣崎宙也(けんざきちゅうや)の端整な顔も「あ」と目を見張った。
 栞と風馬の住むマンションの近くにバーがあり、剣崎はそこの店員だ。風馬はよく足を運んでいるが、栞はここのところご無沙汰している。行くと剣崎が風馬の目を盗んで口説いてくるからだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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