よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

 剣崎に口を開く隙を与えまいと、栞は先に声を掛けた。
「あ、剣崎さんも那覇に来てたんですか。何かいつもと雰囲気が違いますね」
 栞たちと同年代の剣崎は、いつもはヒップホップ系のスタイルだ。それなのに、今日はポロシャツにコットンパンツ、レザーのビジネスシューズ、髪も小綺麗(こぎれい)に撫(な)でつけて見違えるようだ。
 周囲のざわめきで聞き取れなかったのか、剣崎が「え?」と聞き返す。
「剣崎さん、いつもと──」
 栞が声を大きくした瞬間、剣崎が栞の右腕を掴(つか)んでぐいと引いた。
 弾みで剣崎の胸へと倒れ込んでしまい、あわてて飛び退(の)いた。何なんだ、と剣崎を睨(にら)んだとき、別の方向から呼びかけられた。
「剣崎さん?」
 栞と剣崎が揃って顔を向けると、スマホを手に戻ってきた風馬が立っている。
「剣崎さんでしょう? 剣崎さんですよね?」
「やばい」
 風馬を見て顔を引きつらせた剣崎が口走り、一歩後ずさった。そして必死の作り笑いを浮かべた。
「あっ、あ、千原さん、どうも、久しぶり。それじゃ」
 小さく頭を下げた剣崎が、挨拶代わりか手にしたスマホを掲げてみせ、通常レーンへと走り去っていく。
 呆気に取られて風馬を見ると、真顔で見つめ返された。
「栞、今の何?」
「さあ……?」
「さあ、って今──」
 風馬の声が賑(にぎ)やかな話し声にかき消された。
 十人ほどの熟年グループが優先レーンに加わったのだ。行列が一気に長くなる。
「私たちも並ばないと」
 栞は風馬の手を引っ張り、グループのあとに続いた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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