よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【栞】
 係員に先導されて全速力でロビーを突っ切り、どうにか羽田行きの最終便に乗り込むことができた。
 お急ぎください、と席に追い立てられながらロイヤルクラスを見渡した。栞と風馬が座るはずだった最前列窓際の二席には、ラフな恰好をした若い男が並んで座っている。
 普通席のエリアに入ってたじろいだ。乗客の視線を浴びるのは行きと同じでも、今度は好奇や羨望ではなく非難の目だ。三―四―三と並ぶ座席から、揃ってこちらを向いた乗客たちの間を歩きながら、逆風の中を進むように身を縮めた。
 そしてたどり着いたのは、四席並びの真ん中二席。しかも栞の隣席、通路側にはふくよかな男がどっしりと座り、目を閉じてイヤフォンで何かに聴き入っている。
 座席から溢れた男の肉の二の腕の辺りをつつき、詫(わ)びて通路に出てもらう。反対側の通路からは風馬が通路側に座った女性客に詫びて、席へと通らせてもらっている。
 シートベルトを締めながら、栞は小さく溜息をついた。ロイヤルクラスに五フライト乗り続けてきた身には、前後左右があまりに狭く感じる。
「Wi−Fiがないんだ、この飛行機は……」
 隣で風馬の落胆の声が聞こえ、栞も愕然(がくぜん)とした。
「三時間も乗るのに……」
「二時間四十五分」
 隣で風馬がすかさず訂正する。
「泊まったらホテル代で修行の予算をオーバーしちゃうしさ。今から取れるホテルなんてあるか分かんないし、帰った方がいいって」
「ソーキそば、食べておいてよかったね」
 返事をしないのもはばかられ、疲れて回らない口で、やっとの思いで言った。
 楽しみにしていたシャンパンも機内食も出ない。二十四時間以上に及ぶ過酷な修行のフィナーレを飾るフライトだというのに。
 こうなったら寝てやり過ごすしかない。目を閉じ、右の肘掛けにもたれようとした腕が何かにぶつかった。
 肘掛けにはすでに風馬が腕をもたせかけている。
「ねえ、肘掛け、使わせてくれる?」
「俺、こっちしか使えないんだよ」
 風馬が通路側の女を視線で示した。ぐっすり眠り込んだ女は、風馬側の肘掛けに肘をもたせかけている。
「私もこっちしか使えないの」
 隣の男がふくよかすぎて、肘掛けに肘をのせていなくても二の腕の肉がたっぷりはみ出している。栞が肘掛けにもたれると男の肉にぶつかってしまうのだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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