よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

「風馬くんこそ、何? 『久しぶり』って」
「え?」
「バーで飲んで帰るから遅くなるとかしょっちゅう言ってたじゃない。確か、月曜日の夜も行ったよね? それなのに剣崎さんが『お久しぶりです』って言ったのは、何で?」
「──」
「風馬くん、私に、嘘ついてたの?」
 顔だけを横に向け、風馬の目を見据えた。
「いや……剣崎、勘違いしてたんじゃない? それこそ、焦って適当に口走ったとかさ」
「焦って口走ったことって本当だったりするよね」
「剣崎の勘違いだって」
 風馬が少し強く言い、前の座席下からバッグを取った。
「このフライト、ロイヤルクラスに乗れなかったから、もらえるポイントがちょっと減るんだよね。どこかでその分また飛行機に乗らないとな」
 クリアファイルを膝の上に置いた風馬が、プリントアウトした日本中央航空の時刻表を出す。それを見た瞬間、口が勝手に動いた。
「飛行機、嫌いじゃなかったの?」
 ロイヤルクラスの席よりぐっと近い距離で、風馬の顔が栞に向く。その表情を見た瞬間、栞は自分の直感が当たっていたことを察した。
「飛行機が嫌いなのに、どうしてLMCの会員になるなんて言い出したの? 何かもっと、私に隠してることがあるんじゃないの?」
「──ないよ」
「何か、隠してることがあるんじゃないの?」
「ないって」
 風馬が狭い座席で身をよじるようにして、ポケットからイヤフォンを出した。そして、栞の声を遮るように両耳に嵌(は)めた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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