よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

「私が聞いてくるから」
「は?」
「剣崎さんに、何が『やばい』のかを」
「降りるときにしよう。そろそろ着陸準備に入るころだし」
「剣崎さん、私たちよりずっと前に座ってるし、飛行機を降りたら逃げられるかもしれないじゃない」
 隣を見ると、ふくよかな男はヘッドフォンをつけたまま寝てしまっている。「すみません」と栞が遠慮がちに腕を叩いても起きる様子はない。
 横から風馬が栞の背をつつく。
「いや、栞、今は行かない方がいいって」
「もやもやしたままウチに帰りたくない」
 栞はふくよかな男を乗り越え、通路に出て後方に突き進んだ。
 最後部にあるトイレの前を通り抜けて反対の通路に出る。よし、と気合いを入れて通路に出た瞬間足が止まった。
 CAが押すワゴンが、前を塞いでいる。ドリンクサービスが始まるのだ。諦めて席に戻ろうと向きを変えて立ちすくんだ。
 もう一方の通路は、最後部からワゴンが進み始めたところだ。進むことも戻ることもできない。栞が風馬に顔を向けると、言っただろ、と言いたげに肩をすくめられた。
 仕方なく、ワゴンについてのろのろと前に進んだ。剣崎のいる三列目にたどりつけるのを待つ。剣崎は何してるんだろう、と伸び上がるようにして三列目を見た。
 窓側の席に、風馬が言っていたように、サマーニットの帽子を被った後ろ頭が見える。
 CAが紙コップを渡そうと、剣崎の座る並びに身を乗り出す。
 栞は目を見張った。
 隣に座った若い女が、CAから受け取ったカップを剣崎に渡したのだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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