よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【風馬】
 ワゴンについて三列目を目指し、五列目まで迫った栞が、くるりと踵(きびす)を返して後方に向かう。どういう意味なのか風馬に力強くうなずき、ワゴンが席のある列を去るやいなや後方のトイレ前を回って席のある列まで戻ってきた。
 ふくよかな男はまだ眠っているので、起こすのも待ちきれず手を貸して乗り越えさせた。どうした、と聞くより先に、栞が早口の小声で告げた。
「剣崎さんの隣に座ってる女の子が、カップを受け取って剣崎さんに渡してあげたの」
「それが?」
「赤の他人、しかも異性にそんなことしなくない?」
「あの女の子が単に親切な人なんじゃないの?」
「風馬くんならする?」
 向きを変え、隣の爆睡女を見た。
 自分が通路側の席だったとして、CAが彼女に直接渡せるカップを、わざわざ代わりに受け取ってやるだろうか? ない。
 風馬の気持ちを読んだように、栞が畳みかける。
「剣崎さんの隣の女の子、もしかしたら剣崎さんの知り合い? 連れ?」
「え、待って。剣崎、保安検査場に一人でいたじゃん。連れなら何で別々に行動するんだ?」
「一人だったのは、どっちかが買い物とかトイレとかで分かれた可能性もあるけど。もしかして、何かの理由で他人の振りをしてるのかな? それが『やばい』?」
 ざわざわと、行きのロイヤルクラスで飲んだシャンパンのような何かが、全身を粟立たせる。
「そういえば剣崎さん、いつもヒップホップ系の恰好なのに、なんでいきなりゴルフに行くおじさんみたいな恰好をしてるんだろう? ポロシャツにコットンパンツ、ビジネスシューズって。あのニット帽だけはいつもの恰好っぽいけど、今のスタイルにはまるで合わないし」
「そう。で、保安検査場で栞を……」
「腕を引っ張られたの、いきなりぐいって。で、風馬くんを見て『やばい』。剣崎さんの顔、めっちゃ引きつってたよね」
「栞、あのとき剣崎に何言った?」
 栞が「えーと」と記憶を探り、ついで再現する。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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