よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

【栞】
 もはや聞き慣れた乗降時のメロディーが大きくなっていく。飛行機から乗客が降りるにつれて、機内が静かになっていくからだ。
 栞と風馬を残して、機内の乗客はほぼ降りてしまったところだ。
「行こう」
 頭上のストレージから荷物を出した風馬に声を掛けられ、栞も立ち上がった。風馬のあとに続いて右側の通路を進んだ。
 二人を除くと乗客はあと一人。三列目に、ニット帽を被った後ろ頭が見える。
 風馬に続いて、三列目を覗くと、剣崎がうなだれて座っている。さっき風馬が紙を託したCAが出口を塞ぐように通路に立ち、他にも二人、見張りのように前後に立っている。
 一人はチーフパーサーの額田だ。栞たちに微笑んで告げる。
「恐れ入りますが、こちらのお客様、少々ご事情がお有りのようですので、私(わたくし)どもでお話をさせていただくことになりまして」
「分かりました」
 うなずいた風馬が剣崎に顔を向けた。
「剣崎さん、また改めて」
「ヘイケ様、お荷物のお支度はよろしいでしょうか」
 額田がすまして剣崎に問いかける。やはり風馬の推理は当たっていたのだ。
「他人名義のチケットで飛行機に乗るなんて、剣崎さんもよくやるなあ」
 乗機する日本中央航空の職員と入れ違いに搭乗橋へと降り、少し進んだところで栞たちは足を止めた。
 向かいから飛行機に向かって歩いてきた若い女も足を止めたが、ついで栞たちに歩み寄った。
「あの……中に残ってる男の人、どうしてました?」
「残ってる男の人って——」
「あなた、剣崎さんの連れ?」
 風馬が栞を制し、女に尋ねると、女がびくりと身をすくめた。そして「違います」と首を横に振った。
「嘘、だからここに戻ってきたんでしょ?」
「もしかして、剣崎さんが他人名義のチケットで飛行機に乗るから、万が一バレたときのために、乗り降りは別にしようって言われた? 巻き添えにしないために」
 栞と風馬に畳みかけられ、女が観念したようにうなずいた。
「でも、もうちょっとで羽田っていうときに、CAさんが彼に身分証を見せてほしい、って……。私、先に降りたんだけど、やっぱり気になって……」
「お客様?」
 機内から栞たちを見ていたCAが怪訝(けげん)そうに声を掛ける。
 女は迷っているのか立ち尽くしたままだ。「行こう」と風馬に声を掛けられ、栞は女を振り返りながらも空港内へと歩き出した。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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