よみもの・連載

大人の旅の物語

3 空飛ぶ修行

遠藤彩見Saemi Endo

 想像した細部を、風馬が動く歩道に乗りながら話してくれる。
「剣崎、誰かが乗れなくなったチケットを格安で買ったんじゃないの。安く沖縄に行けるから、って。名義が違うから自分のスマホでチケットを表示することはできないけど、プリントした物を貰って使うことにして。栞の腕を引っ張ったり、『やばい』って言ったりしたのは、保安検査場で剣崎剣崎って名前を呼ばれてあわてたんだと思う。剣崎って呼ばれた男がヘイケって名前のチケットを出したら即搭乗拒否されるし」
「もしかして、買ったチケットの持ち主の年齢も上だったのかな? だとしたら、おじさんっぽい恰好をしてたのも分かる」
「前にネットニュースで読んだんだけど、やっぱり他人名義のチケットで乗ろうとして、保安検査場で年齢を確認されてバレたって」
「あー、ネットニュースか。だから風馬くん、詳しいんだ」
 動く歩道から降りながら、風馬が「まあね」と笑う。
「ヘイケ剣崎、逮捕されるのかな?」
「さあ……今、飛行機関連はめちゃめちゃ厳しいからあるかもね。それでなくてもチケット代は正規料金で請求されるだろうし、罰金もあるんじゃない」
「そんなチケットで乗らなければよかったのに。とんでもない方向に行っちゃったね」
「人生もフライトなんだよ。誰かと一緒に、それか一人で、出来事っていう飛行機を乗り継いでいく。ルートを決めるのは自分」
 気障(きざ)なことを言ってのけた風馬が、照れたのか少し足を速める。そして、キャリーバッグに載せた自分のトートバッグを漁(あさ)った。
「これ」
 差し出されたものを受け取った栞は驚いた。
 日本中央航空のロゴ入りショッピングバッグに入っていたのは、疲れてすっかり忘れていた機内限定販売のステンレスボトルだ。
「覚えててくれたの?」
「行きと同じCAさんに会って思いだしたから」
 言い争いになり、席を立ったときに注文し、栞が席を立っている間に受け取ったのだろう。
 ──旅行中って心のセンサーが倍になるよね! すべてがきらきら!
 往路で風馬に言ったことを思い出した。
 今回の旅は終わったのに、すべてがきらきらして見える。それは人生というフライトを風馬と共にしているからだ。
「このボトル、やっぱり私が使う!」
 栞は風馬の腕を取り、ボトルと一緒にぎゅっと抱えた。

(了)

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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