よみもの・連載

大人の旅の物語

5 誰も行きたがらない旅

遠藤彩見Saemi Endo

 会社の正面に広がる冬枯れの景色に、色鮮やかな観光バスが滑り込む。降り立った女性添乗員が運転手とともに、バスに設けられた荷物入れを開ける。本庄光俊(ほんじょうみつとし)は構えていたカメラを下ろし、小さな玄関ロビーを埋めた社員たちの反応を窺(うかが)った。
「あれか?」
「すげえな」
 バスを見た社員たちが目を丸くする。毎日顔を合わせていても、いつもの揃(そろ)いのジャンパーや作業着姿でないと初対面の人たちのようだ。休日のカジュアルスタイルの内側に、憂うつを押し隠している社員はどのくらいいるのだろう。
 朝九時を回り、添乗員が準備完了を告げに来たのを機に、本庄は集まった社員に向き直った。社長として、社員旅行の幕開けに挨拶をしておかなければならない。
「皆さん、いよいよ、本庄レッグウェア株式会社、初の社員旅行です。一泊二日、思い切り楽しんでください!」
 ――社員旅行、それは誰も行きたがらない旅。
 脳裏に浮かんだフレーズ――インターネット上で見た――を振り払い、「盛り上がってください!」と声を張って精一杯の笑みを浮かべた。社員たちも内心は窺い知れないが、拍手で応えてくれる。
 本庄レッグウェア株式会社は名古屋市郊外にある小さな会社だ。スポーツや健康に特化したソックスやサポーター、レギンスなどレッグウェアの製造を手がけている。
 今年、創業五年目にして初の社員旅行を実施することになった。企画を立ち上げるにあたって、本庄が「社員旅行」とインターネットで検索してみたら、否定的な意見の嵐に圧倒された。
 ――行きたくない。
 ――最悪。中止しろ。絶対やだ。
 女性だけかと思ったら男性の拒絶も多い。若者だけかと思ったら、三十九歳の本庄と同じかそれ以上の年齢層も多い。検索サイトには「断る口実」「休む方法」「行かない権利」など回避を望むサジェストがずらりと並んでいる。合法的に休む方法を教えて、と法律相談サイトに投稿する者までいた。
 社員に回答してもらったアンケートでも、社員旅行の実施日数は一泊二日を選んだ社員が圧倒的に多かった。日帰りという選択肢があったなら、きっとそれが一番だっただろう。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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