よみもの・連載

おひとりさまごはん

ひとりで飲茶

深緑野分Nowaki Fukamidori

「とても素敵。当日はそれを着て行きなさい。自信を持って、背筋を伸ばして胸を張るんだよ。その方がかっこいいから。さ、しわになるから脱いでおいで。ご飯にしよう」
 部屋着に着替えて、いつもどおり弟の隣に座る。食卓に並んだコロッケは平たいのと俵型のが四個ずつ、他にポテトサラダ、ほうれん草のおひたしに、わかめと豆腐のお味噌汁、ご飯。
 もぐもぐ食べはじめると、弟がコロッケにソースをたっぷりかけながら、「姉ちゃん、どっか出かけんの」とぶっきらぼうな口ぶりで訊(たず)ねてきた。さっきの両目すうっ≠ヘ、なんでおしゃれしてんの? という意味だったのだろう。
「うん。みえちゃんっていたでしょ。姉ちゃんの幼なじみで」
「ああ、メガネのみえっぺ」
「作家になるんだって、みえちゃん」
 すると弟はまた両目すうっ≠やり、「ふーん?」と首を傾(かし)げ、大きな口を開けてご飯を頬張った。ちょうど父が帰ってきて、「やあ、疲れた」と言いながら洗面所に真っ直(す)ぐ向かう足音が聞こえてくる。父は母よりもずいぶん年上で、私が成人する前に会社を定年退職になり、今は駐車場の警備員をしている。排気ガスと汗まみれのままでは嫌だと言って、帰ってくるとすぐシャワーを浴びるのだ。
 母がお味噌汁を温め直しに席を立つと、ポテトサラダやらコロッケやらでリスみたいに頬を膨らませた弟が、また訊(き)いてきた。
「作家って、どんな作家だよ。ミステリー? 文学?」
「さあ……よく知らない。短篇(たんぺん)の賞を取ったんだって」
 授賞式の招待状にあった出版社の名前を教えると、弟は目を丸くした。そういえば弟は読書が好きだった。
「マジで? 結構有名な出版社の賞じゃん。へえー、あのメガネのみえっぺがねえ」
「メガネとか言わない。姉ちゃんの大事な友達なんだから。みえちゃんが引っ越した後もずっと連絡を取り合ってたし、今だって時々お茶するし」
「わかったって。それで、なんで姉ちゃんまでおしゃれすんの?」
「そりゃ……招待されたからだよ。パーティに」
「パーティ!」
 弟はお腹を抱えてげらげらと笑い出した。口からほうれん草がはみ出しているのに気づいてすらいない。
「パーティ、姉ちゃんがパーティだって! やっべ、見に行きてえー!」
「うるさい、馬鹿!」
 椅子から落ちそうな勢いで笑い続ける弟の肩をパンチで殴っていると、湯上がりでタオルを首に巻いた父が、自分のご飯茶碗とお味噌汁のお椀を両手に持ちながら、「暴れるのやめなさい」と静かに窘(たしな)めた。台所から戻ってきた母にもじろっと睨(にら)まれた私たちは、テーブルの下で互いの足を踏み合いつつ、ご飯を再開する。
 向かいに座る父は痩せ型で、しわが増えた口でお味噌汁を啜(すす)り、縁のないメガネがもわっと曇った。

プロフィール

深緑野分(ふかみどり のわき) 1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞で佳作に入選。
13年に同作を含む短編集『オーブランの少女』でデビュー。
他の著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』がある。

Back number