よみもの・連載

おひとりさまごはん

ひとりで飲茶

深緑野分Nowaki Fukamidori

「はる、パーティに行くのか?」
 父の言葉にまた弟が吹き出しそうになるので、踵(かかと)で足の甲をぐりぐりと踏んでやる。
「うん、来週火曜の夜にね。みえちゃんのお祝いなんだ」
「平日でもやるんだな。まあ、結婚式でもないし、会社が主催ならそういうもんか。場所はどこで?」
「ホテルだよ。神保町(じんぼうちょう)にあるの」
「ああ、頂の春風ホテルか。老舗だなあ」
 父はコロッケを箸の先で細かくし、いつものように少しずつゆっくり食べながら、うん、と頷いた。
「むかーし、そこのホテルで中華料理を食べたことがあるなあ。従兄弟(いとこ)の結婚式の後でね。美味(おい)しかったよ。北京ダックとか、蟹(かに)のふわふわした炒(いた)めものとか。店内も洒落(しゃれ)ててね、円卓の上に、三角形に折りたたまれた真っ白いナプキンがあるんだ」
 父の思い出に私も想像を巡らせるけれど、頭に浮かぶのは、せいぜいが駅前にある中華料理店くらいで、ホテルっぽくはない。
「今も変わらないのかな。パーティもそこでやるといいな」
 高級な中華料理なんて食べたことがない。駅前の中華料理店でも、子どもの頃から知っているおばちゃんに「麻婆茄子定食」「餃子とラーメン」「あんかけ焼きそば」などとつい頼んでしまうけれど、機会があるならいつもと違うものを食べてみたかった。あのワンピースを買ったように。しかし期待に胸を膨らませていると、弟が水を差した。
「何言ってんだ。パーティって立食なんだろ? 俺、出版社の記念パーティってやつ、配信動画で見たことあるんだ。ひろーい会場に、食べ物がすげえいっぱい並ぶんだよ。きっといい肉が出るぞ! タダで食えるんだもんな、うらやましいなあ」
 それもそうだ。確か招待状にも、立食パーティだと書いてあった。あんなに素敵なワンピースを買った直後なのだし、食事まで高かったら……
「招待状には書いてなかったけど、集金制かなあ。ひとりいくらなんだろう」
 すると弟と母が顔を見合わせた。
「そうねえ……結婚式なら三万円が相場だけど」
「一万くらいじゃないの?」
 お金を下ろしていかなくちゃ。私は冷めてしまった衣の厚いクリームコロッケを頬張り、お味噌汁を飲んだ。

プロフィール

深緑野分(ふかみどり のわき) 1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞で佳作に入選。
13年に同作を含む短編集『オーブランの少女』でデビュー。
他の著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』がある。

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