よみもの・連載

バンチョ高校クイズ研

第一話

蓮見恭子Kyoko Hasumi

「るーぷる仙台」は仙台駅を発(た)つと、若葉が生い茂る青葉(あおば)通へと進入した。
 鈴木慎太郎(すずきしんたろう)はバスの車窓から、通りに植樹されたひと抱え以上はある欅(けやき)を見上げる。
 折しも、一人のランナーが通りを駆け抜けて行くところだった。
 例年、五月には新緑の定禅寺(じょうぜんじ)通や青葉通を駆け抜ける「仙台国際ハーフマラソン大会」が開催される。他にも「全日本大学女子駅伝」や「全日本実業団対抗女子駅伝」など、テレビで中継される大きな大会が行われるのでも分かるように、市街地は平坦(へいたん)で、豊かな木々に彩られた道が続く。
 杜(もり)の都・仙台。
 東北地方最大の都市の東西を貫く道は、滑走路を思わせるほどの広さを誇り、道沿いにはホテルや銀行、ショッピングモールにコンビニが並ぶ賑(にぎ)やかさで、慎太郎は「銀座なんかよりよっぽど華やかだし、パリにも負けない」と常々思っていた。
 バスは左折し、東北大キャンパス、広瀬(ひろせ)川にかかる橋を渡って、瑞鳳殿(ずいほうでん)を通り過ぎる。この辺りまで来ると周囲の様子は一変し、やがて青葉山の豊かな自然の懐へとバスは吸い込まれた。
「バスが動き出して、女の人の声が流れたら、このボタンを押してね」
 停留場で客を乗降させている間、小さな男の子を連れた初老の女性が、降車ボタンを指さした。男の子は今にも押したそうな表情だが、女性は「まだよ。ジュン君」と、膝に乗せた孫の頭を優しく撫(な)でている。
 やがてバスが発車し、男の子がボタンに向かって手を伸ばした。車内アナウンスが流れる寸前、慎太郎は僅かコンマ一秒の間に、素早く動き、ボタンを押した。
『次、止まります』
 運転席の背後と、各座席に取り付けられたランプが一斉に点灯した。
 ──よっし!
 アナウンスが流れる隙も与えない、ぎりぎりのタイミングで押せた。
 一瞬、何が起こったのか分からなかったのだろう。祖母と孫の二人連れは呆然(ぼうぜん)としていた。
 してやったりとほくそ笑む慎太郎に気付いて、女性が睨(にら)みつけてくる。その膝の上で男の子の顔がくしゃっと歪(ゆが)み、やがてぐずぐずと泣き出した。
「先に押されちゃったねぇ。ジュン君が押したかったのにねぇ」と、聞こえよがしに言うのが耳に入る。

プロフィール

蓮見恭子(はすみ・きょうこ) 1965年大阪府生まれ。2010年『女騎手』で第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞。
ミステリーにとどまらずスポーツもの、青春小説や人間ドラマにまで作風を広げ活躍中。
著書に「国際犯罪捜査官・蛭川タニア」シリーズ、『襷を、君に』『襷を我が手に』『シマイチ古道具商―春夏冬(あきない)人情ものがたり―』『はじまりの家』 『MGCマラソンサバイバル』などがある。

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