よみもの・連載

バンチョ高校クイズ研

第三話

蓮見恭子Kyoko Hasumi

 ぐわら、ぐわら、ぐわら。
 地獄の釜が煮立ったような音を響かせながら、今朝も慎太郎(しんたろう)は登校する。
 遅々として進まない自転車を漕(こ)ぎながら、雅(みやび)の事を考えていた。
 成績不振に陥る理由は、幾らでも上げられる。
 学校が楽しくない。合わない教師がいる。友人と揉(も)めた。授業について行けない。もっと根が深い問題としては、思春期特有の虚無感、たとえば「勉強する事に意味が見いだせない」という心境に陥ってしまう事だ。
 学校という狭い世界の片隅で、笑顔を作りながら、息苦しさに耐えている者は少なくない。だが、彼女の場合はそうではない。断言できる。
 前方の信号が赤に変わる。ブレーキを引くと、自転車はぐぎぎぎぎぃと気味の悪い音を立てた。何か、この世ならざる者が乗り移ったかのような、狂暴な音だ。
 隣に音もなくスポーツバイクが止まった。
 跨(またが)っている男は、ヘルメットを被った上に、ウルトラマンのようなぴったりとしたウエアを着て洒落(しゃれ)のめしている。
 歩行者用の信号が点滅を始めているのを横目で見ながら、慎太郎は前のめりの姿勢をとる。ペダルに置いた左脚にぐっと力を込め、いつでも蹴り出せる体勢をとり、右脚はリズムをとるようにトントンと地面を叩(たた)く。
 ゴー!
 信号が青に変わった瞬間に、慎太郎は自転車を横断歩道に飛び出させていた。
 その一瞬だけ、自転車は無音で進んだものの、やがて、ぐわらららんと鈍い音を立てて軋(きし)み始めた。遅れて出たスポーツバイクが軽やかな音を立てて、すいーっと慎太郎を追い抜かして行く。その後ろ姿があっという間に遠くなる。
 欲しい。
 スポーツバイクとは言わないが、まともに走る自転車が。
 学校に到着すると、ボロいママチャリを駐輪場に投げ捨てるように止め、すぐに保健室へと走った。人目を避けて彼女が誰よりも早く登校しているのを、天見(あまみ)から事前に聞き出していた。
「いるか? 河原崎(かわらざき)」
 養護教諭の姿がないのを確認し、慎太郎は呼び掛ける。
「……あぁ、いるじゃないか。そんなとこに隠れてないで、出てきなさい」
 ベッドの間仕切りカーテンの隙間から、こちらを見ている河原崎を呼び寄せる。

プロフィール

蓮見恭子(はすみ・きょうこ) 1965年大阪府生まれ。2010年『女騎手』で第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞。
ミステリーにとどまらずスポーツもの、青春小説や人間ドラマにまで作風を広げ活躍中。
著書に「国際犯罪捜査官・蛭川タニア」シリーズ、『襷を、君に』『襷を我が手に』『シマイチ古道具商―春夏冬(あきない)人情ものがたり―』『はじまりの家』 『MGCマラソンサバイバル』などがある。

Back number