よみもの・連載

トナリの怪談

第一回 怪談一人語り:不動産屋の内見

シークエンスはやともSequence Hayatomo
構成/樹島千草

「……っ!」
 焦ったような声が玄関の方から聞こえ、僕はハッと我に返りました。
 顔を上げると、なぜか不動産屋さんが部屋に入ってくるところでした。
「すみません、駐車場が空いてなくて、少し先まで停めにいっていたものですから」
「え……?」
 今まで、僕と会話をしていた不動産屋さんは? と混乱しながら目を戻すと、僕の手を握っていたはずの不動産屋さんは影も形もなく消えていました。
 手を握られた感触や、不動産屋さんの声はしっかり覚えているのに。
「な? やめた方がいいだろう?」
 その時、キッチンの方から親父が戻ってきて、そう言いました。
 そこでようやく僕は気がつきました。
 温かな光が差し込む、きれいで快適だと思っていたこの物件……。こんなにいい部屋はどこにもないと思っていたのに、改めて見てみると、室内は明かりをつけているのにどこかどんよりと薄暗く、ジメジメしていてかび臭い匂いが漂っていました。
 壁に貼られた壁紙は湿気を吸ってよれていて、窓の桟には埃がたまり、窓も曇りガラスのように汚れていました。
 ……なぜこんな場所を母と二人して、最高の場所だと思ったのだろう。
 困惑する僕と母を見ながら、親父だけは落ち着いていました。彼だけには最初から、この部屋がかび臭く、薄暗くて陰気な場所に見えていたのかもしれません。
 僕は親父にうなずきつつ、本物の不動産屋さんに言いました。
「他のところも検討したいので、次の物件を見させてください」
「そうですか、わかりました」
 この不動産屋さんは食い下がることもなく、あっさりうなずくと、僕たちを伴って部屋を出ました。
 ガチャリ。
 ドアに鍵がかかります。
 そのまま外に出て、僕はホッと息をつきました。
 車を停めてあるという駐車場の方に促され、三人で歩き出した時でした。
「見てみろ」
 親父が静かに言いました。
 目はしっかりと前を向いていましたが、何のことを言われたのかはすぐにわかります。
 そっと目だけを動かして、今、出てきたばかりの部屋の方を見上げました。
 ……そのベランダで、全く見たことのない女性がこちらに向かって手を振っていました。
 バイバイ、の意味だったのか、また戻ってきてね、の意味だったのか……。

 結局僕たちは他の部屋を契約し、そちらに住むことに決めました。
 あの時の物件がどうなったのか、僕にもわからないままです。
 今でもまだ、次の入居者を待っているのか、すでに新しい入居者を迎え入れているのか……。
 もし入居者がいたら、その人にとって、そこはものすごく快適な場所かもしれません。遊びに来る家族や友人は顔をしかめるのに、本人だけは素晴らしい部屋に住んでいると大満足しているような……。
 事故物件だと聞かされていたのに、入った瞬間、素晴らしいと思ってしまうような物件には、もしかしたら何か、「誰か」の意思が働いているのかもしれませんね。


―― 了 ――

プロフィール

シークエンスはやとも 吉本所属のピン芸人。自称・心霊第七世代。
幼少期から沢山の心霊体験に遭遇し、それを面白く、時には怖く表現することを芸としている。
TVやYouTubeを軸に活躍中。

Youtubeチャンネル「シークエンスはやともチャンネル?1人で見えるもん。?」 https://www.youtube.com/channel/UCZnndFCPnK1EC2PERlGvwOA
Twitter:@HayaTaka78


構成/樹島千草(きじま・ちぐさ) 牡羊座A型。東京都出身。某大学文学部卒業。甘味とカフェオレと昼寝が好き。
著書に『咎人のシジル』、『虹色デイズ 映画ノベライズ』がある。
Twitterやってます。@chi_kijima1001

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