連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第2話 二〇一六年 晩夏 SNS乗っ取り(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

 池袋の片隅にある喫茶店マダムシルクは、時間の止まった古い店だ。集まってくる客は変わり者ばかり、口数の少ない渋いマスターは、素性が不明だが頼りになると評判だ。おかげで時折やっかいな相談が持ち込まれる。
 今日は、ツイッタースパムで会社のデータを盗まれたかもしれないと言い出した若者が、マスターにウソを見破られて告白タイムとなっている。
 久しぶりにやってきた佐藤という客が、一ヶ月以上前に引っかかったツイッタースパムの相談をマスターにした。マスターは一ヶ月以内だったら、アカウントを復活できたのに残念だねと言いながら対処方法を教える。それから佐藤が、ツイッタースパムからマルウェアに感染してパソコンごと乗っ取られる可能性について尋ねるとマスターは論理的には可能と答えた。心配になった佐藤は、感染の有無を確認する方法をマスターに教わり、さらにちゃんと確認できるかテストしたいのでマルウェアを入手する方法を知りたいと言ったところでウソを見抜かれた。
 そうだ。途中で、佐藤のアカウントがスパムをつぶやいていたのを、ツイログで確認した。
 この中に手がかりがあるはずなのだけど、マルウェアを欲しがったのが怪しい以外に思いつかない。ましてや、パソコンやUSBメモリをなくしたことなどどこから出てきたのかわからない。
「ねえねえ、全然わからないんだけど、なんで佐藤ちゃんがウソをついたってわかったの?それにパソコンを盗まれたとかメモリを落としたってどういうこと?今までの話に出てこなかったよね」
 西村が、お手上げというように両手を広げて見せる。
「USBメモリを落としたことは話してないっす。だって、それを言いたくないからウソついたわけであって……」
 佐藤はしきりに頭をかく。凪(なぎ)も頭をかきたくなった。いくら考えても、わからない。隣の霧香(きりか)も腕を組んでしきりに首をひねっている。
「ますますわからない。どこからどこまでがウソで、なんでウソついたの?」
 西村が横に立っている佐藤の脇腹を指先で軽く突く。佐藤が反射的に長身の身体をくねらせる。
「あっ、そこやめてください。どうしよう。どっから説明すればいいんだろ」
「最初から説明した方がわかりやすいだろう。さっきも言ったように、データをなくしたところからはじめよう」
 見かねたマスターが再び助け船を出した。
「は、はい。ええとですね。先週のことなんですけど、家で作業するために会員データの入ったUSBメモリを持って帰ったんですよ。いや、違うな。作業するためにUSBメモリをバッグのポケットに入れて持って帰り、家のパソコンにコピーして、それでUSBメモリを保管してしまえばよかったんですけど、そのままポケットに入れっぱなしにしていて、気がついたらなくなってたんです」



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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