連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第五話 晩冬 金融情報サービスの罠(前編) 一田和樹 Kazuki Ichida

 凪(なぎ)はお気に入りのグレーのハーフコートを着て大学への道を歩いていた。身軽に動ける短めのコートは彼のお気に入りだ。
 正門をくぐると、木々の葉が落ちて殺風景になったキャンパスを抜けて校舎に向かった。すれ違った女の子が口ずさんでいた「糸を切った男たちを鼻で笑う少女ってクールだ」という歌詞が妙に耳に残った。
 教室に入ると、坂井(さかい)という同じ学部の男子が霧香(きりか)に熱心になにかを説明しているのが見えた。霧香が他の男子と話しているのは珍しい、と思いながら近づくと、楽しそうな雰囲気ではないことに気づいた。
 坂井はいわゆる”ちゃらい”感じのする生徒だ。かといって頭が悪いわけではなく、前期の成績はかなりよかったようだ。
「よう」
 凪が霧香の横に座ると、坂井が軽い調子で挨拶してきた。
「おう」
 と凪も返す。だが、坂井はすぐにまた霧香に向かって、ぺらぺらと話し出した。数字を並べているが、なんの話をしているのか凪にはよくわからない。ふたりの間に共通の話題などなさそうだが。
 霧香が凪に話しかけようとすると、
「もうちょっと話を聞いてよ。絶対やった方がいいんだって」
 坂井が遮った。
「ごめん。興味ない」
 即座に霧香は断り、タブレットで顔を隠す。
「え? なんで? 倉橋(くらはし)さんってネットやパソコンくわしそうじゃん。ブログとかやってるでしょ? オレは親切で言ってるんだぜ」
 霧香は無理というように、タブレットで顔を隠したまま、首を横に振る。
「なんの話?」
 凪はこらえきれずに、割って入った。
「月島(つきしま)はアフィって知ってる? それだよ」
 坂井はほっとしたような表情を浮かべた。凪が関心を持ってくれたと勘違いしたようだ。もちろん、興味はなく、追い払いたいだけだ。
「なんのこと? 知らないと思う」
 うっかり答えてから後悔した。こうやって相手の言葉に反応するから、話を聞かされるはめになるのだ。
「アフィリエイトだよ。自分のサイトにリンクを貼っといて、それをクリックしてなにか買った人がいたら何パーセントか謝礼がもらえるってアレ」
「坂井はやってるの?」
「前からやってるよ。月に十万くらい稼いでるから余裕でバイトしないで済んでる」
 十万と聞いて、周囲の学生が驚いた顔をしてこちらを見た。



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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