連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第七話 初春 ラスト・リゾート(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

「僕が霧香(きりか)をかばわなかったって? なんの話ですか?」
 無駄だと思いながらも、演技を続けるしかない。揺さぶりをかけて白状させようとしている可能性もある。素直に答えるわけにはいかない。
「最後にオレと内山(うちやま)が相談していた内容を凌(りょう)が知っていたのは、霧香ちゃんが盗聴したデータを渡したせいだとオレはさっき説明した。だが、そのためには、カウンターの下に仕掛けた盗聴器を回収しなければならない」
「霧香は店に来たじゃないですか……だからその時に」
 隣の霧香が唇をきゅっと結んで、こちらを見た。怖くて目を合わせられない。
「霧香ちゃんは貸し切り客が帰った後、必ず店に来て、いつもの席に腰掛けて珈琲を飲んでいた。だが、あの日だけはその席には腰掛けなかった。近づきもしなかっただろう。当然、盗聴器の回収はできない。オレはトイレに入っていて、店内には君と霧香ちゃんだけだったから、彼女がそこに近づかなかったことを証明できるのは君だけだ。だが、君はそうしなかった」
 マスターは凪(なぎ)の言葉を途中で遮った。なぜ、マスターは知っているのだ。
「……ちょっと記憶違いをしていただけですよ」
 横でかすかな音がした。見ると霧香の肩が震えている。
「いや、君は彼女がその席に腰掛けたとはっきり言った。なんなら録音を聴かせようか?」
 マスターはポケットからスマホを取り出した。録音していたのかと凪は唇を噛(か)む。
「そんなことまで……」
「隠し録(ど)りして悪かった。君が自分の言ったことを否定する可能性を考えてのことだったんだが、やっぱり否定したな。残念だよ」
 そこまで準備していたということは、凪を呼ぶ前からわかっていたということだ。最初から自分を陥れるための罠だったんだ。マスターと霧香のふたりで、自分を騙す芝居をしていたに違いない。
「やだなあ。なんか罠にかけられたみたいになってます? ほんとにうっかりしていただけなんです」
 言い訳しながら、必死に逃れる方法を考える。いったい、いつからどうしてわかったんだろう。わかっていたなら、なぜ、自分をバイトに呼んだのだろう?
「もう諦めた方がいい」
 諦める? 嫌だ。逮捕されたら、人生が終わってしまう。凌は仲間を売らないとマスターは言っていたが、それもウソかもしれない。そうだ。昨日は、この作戦のことを知ったら仲間を見捨てて逃げるとも言っていた。あれは引っかけだったのか?
「最初から君は少しおかしかった。こんな不規則で儲からないバイトに積極的に応じてくれた。聞いた話では西村(にしむら)さんにもオレのことをいろいろ訊いていたそうだな」
「え? そんな、それは西村さんが訊いてきたからです。貸し切りのこととか、すごく興味を持ってました」
「それはそうかもしれない。でも、君もまたその話にのっていたのは事実だ」



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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