連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第七話 初春 ラスト・リゾート(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

「……だからといって、僕がスパイだなんて。霧香のことも、忘れていただけなんです」
 頭の中でさまざまなことが同時に湧いてきて考えがまとまらない。どうすればいい?
「秋に新宿の『どん底』という店に行った時のことを覚えているかい? 凌がよく行くバーのオーナーに、あの日だけどん底のカウンターに立ってもらったんだ。君は見たことがないと思うが、彼はそのバーの奥の防犯用モニターで凌と君の姿を何度も見ていた」
 モニター? そんなものがあったのか? いや、待て、これははったりかもしれない。マスターは、凪と目を合わせないように、少しうつむき加減で話している。表情が読めない。なにを考えているんだ?
 もし、マスターがどん底で罠を仕掛けていたなら、気がついたのはその前だ。マスターはそんな前に気がついていたっていうのか?
「それに、貸し切りの客もそうだ。時々メンバーが変わったのは、凌をマークしていた連中が交代でやってきて、首実検、つまり君が凌と一緒にいた人物かどうかを確認するためだった。凌が彼らをマークしていたのと同じように、彼らも凌をマークしていたのさ」
 首実検? そこまでして自分を確認していたのか、全く気がつかなかった。
「僕を騙したんですね」
 思わず、口を突いて出た。不安と怒りがこみ上げてくる。落ち着かなければいけない。どこまで本当のことなのか、まだわからないのだ。凌が逮捕されたこともウソかもしれない。動揺させて自白させるために、でっちあげの逮捕の話をしていてもおかしくない。
「首実検でも君が凌と一緒にいたことは確認された。まあ、ある時点から直接会わないように気をつけていたらしいがね。だが、決め手になったのは、やはり盗聴器だ。君が盗聴器を仕掛けて回収していることがわかったから、そこまで念を入れて確認した。盗聴器を使わなければ、もっとうまくやれたかもしれない。しかし盗聴器を使わなければならない事情が君にはあった」
 どきりとした。そうだ。もしバイトをしていたのが霧香だったら、盗聴器はなくてもよかったかもしれない。
「バイトで貸し切り客の会話を聞くことはできても、君にはそれを理解するための知識がなかった。独特の符牒(ふちょう)も全くわからなかっただろう。そこで、やむなく盗聴したものを凌に渡すことにして、カウンターテーブルの裏に盗聴器を貼り付けた。薄型で簡単には見つからないと思っていたんだろうけど、オレは見つけてしまった。そして、誰がそれを回収するか防犯カメラで確認していたんだ」
 そうだ。この店には高感度の防犯カメラがあった。忘れたわけではない。でも、わからないようにしたつもりだ。ちゃんと死角になるような席に座っていた。
「最初、君が来た時に防犯カメラの話をしただろう。あの時、話さなかったことがある。カメラはひとつじゃないんだ。複数あって死角がないようになっている。君が盗聴器を回収する様子がしっかり映っている」
 騙された。いや、騙したわけじゃない。言わなかっただけだ。でも、こんな小さな店に、何台も防犯カメラがあるなんて思わない。
 待て。でも、本当に全部本当なのか? 騙そうとしているだけかもしれない。でも、監視カメラの映像なら簡単に確認できそうだから、すぐにウソはばれる。



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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