連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第七話 初春 ラスト・リゾート(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

「そこまでわかっても、オレはまだ君を信じたかった。だから凌がこの店に来た時に、最後の確認をした。わざと君の本名をあいつの前で言った。もし凌が君のことを知らなかったら、必ずネットで調べる。そうすれば、オレがこっそりと君の名前で作っておいたフェイスブックのページやブログにアクセスしてくる。しかし、誰もアクセスしてこなかった。そこで確信に変わった」
 マスターが凌に自分の名前を出して紹介したのには、そんな意味があったのか。凪は、蜘蛛の巣のように張り巡らされた罠にからめとられていたのだ。とても騙せる相手ではなかった。
「霧香ちゃんも途中から協力してくれた。彼女の名誉のために言っておくと、君がそんなことをするはずがないと言って、潔白を証明するために手伝ってくれたんだ。彼女は最後まで君を信じようとしていた」
 霧香の方を見ると、両手で顔を覆っていた。
「君は凌にスパイを頼まれた時に断るべきだった。君には悪いが、君が最初じゃないんだ。だから気がついた」
「え?」
「凌のスパイは過去に何人もいた。客としてやってきて、オレに話しかけたり、常連と知り合いになってオレや貸し切り客の情報を入手しようとした。常連客を買収していたこともある。ツイッターアカウントを乗っ取られたと言ってきた佐藤さんを覚えているかい?」
「…はい」
「システムやネットにくわしかったり、必要以上に話を訊きたがったりする人には注意するようにしている。佐藤さんのウソを見破れたのも、そのせいだ。西村さんの友達の大貫さんが来た時も、オレは同じように必要以上に警戒して失礼をしてしまった。人を疑うのは悲しいことだが、そうせざるを得ない」
 そういうことだったのか。
「次々とオレが見破るものだから、凌は逆にシステムやネットにくわしくない人間を送り込むことにしたんだろう。だが、ただなにも知らないんじゃ相手にしてもらえないから、オレの注意を引くようなきれいな少年を使うことにした。それが君だ」
 自分の顔をずたずたにしたくなった。少しくらい顔がきれいでもなんの意味もない。利用されて、捨てられるだけだ。
「正直に言うと君を雇った時点では気がついていなかった。きれいな少年をバイトに雇えば、凌が気にするだろうから、そこから罠にかけられるかもしれないくらいに思っていた。奇妙なボタンの掛け違いで、君はここでバイトすることになった」
 マスターは、そこで言葉を切った。しばらく黙って凪の顔を見つめている。
「加村(かむら)さんは僕がなんのために彼を手伝ったと思いますか?」
 凪は顔を伏せたまま、マスターに質問する。
「おおよそ見当はつく。君が嫉妬に燃えた目であの写真を見つめているのを何度も見たことがあるからね」
 そこまでわかっていたのか、と凪は唇を噛んだ。全てお見通しだ。ふたりの間には入れない。あんなにマスターを憎んでいると言っていた凌が、とうとう最後には自分でマスターに会いに来ていた。自分は最初から利用されるだけのコマ、邪魔者だったのだと凪は自嘲した。



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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