連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第七話 初春 ラスト・リゾート(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

「凌のことがよほど好きだったんだな。君ほど整った顔で性格も悪くない少年が、誰ともつきあったことがないなんておかしい。ほんとうは、誰ともつきあったことがないんじゃなく、女性とはつきあったことがないということだろう」
「そうです。おっしゃる通りです」
 終わった。全てが終わった。
 霧香が椅子から降り、しゃがみ込んだ。そのまま膝を抱え、声を殺して泣き始める。申し訳なさで胸がつぶれそうになる。最低のことをした。それもこれも凌のためだった。でも、肝心の凌の心はずっとマスターに向けられていた。
 霧香に謝ろうと口を開くと、マスターに肩をつかまれた。
「彼女は最後まで、君は凌に騙されているだけだと言っていた。さっきが最後のチャンスだった。もし君が霧香ちゃんをかばうようなら、オレも彼女も今回は見逃してもいいと思っていた」
 なんだって!? そんなことを考えてくれていたのか? 凪は自分を呪った。あそこで自分を守るために、霧香を裏切ってしまった。誘導されたとはいえ、はっきりと言うべきだった。だが、もう全ては手遅れだ。
 自分はいったいこれからどうなるのだろう? 逮捕され、大学も退学処分になるのだろう。暗澹たる思いに囚われる。いっそ、このままどこかで死んでしまった方がいい。
「月並みな慰め方だが、君はまだ若い、やり直せる。凌のことは忘れて、新しい人生を歩くんだ」
 凪の肩をつかんだマスターの手に力がこもる。見透かされている。どきりとして動けなくなる。
「慰めないでください。逮捕された事実は消えないし、大学だって退学になるでしょう。黙っていて、もらえませんか?マスターと霧香以外には、誰も気がついていないんでしょう?お願いします。なんでもします」
 思わず口から哀願の言葉が出た。情けない。どうしようもないクズだ。でも、この場を逃れられるなら、なんでもする。
「すまない。それは無理だ」
 だが、マスターは厳しい顔で断った。
「お願いです……」
「オレが内山を呼ぶと言った時から、ここの監視カメラの映像と音声は内山も見ているんだ、ライブでな。あの時点で君はもう終わっていた」
「えっ……」
「内山はすぐ近くにいる。まんがいち、君が凶器を持っていたり、自殺を図ったりした時のために、待機していてもらったんだ」
「やっぱり、僕を騙していたんですね。いい人だと思ってたのに」
 あんまりだ。どうあっても罠に落とすつもりだったんだ。
「なにも言わずに、内山にまかせることもできた。しかし、君だけはオレが説得したかったから、内山に無理を頼んだ。結果的に騙すことになったが、仕方がなかった。これはもともとオレと凌の騙し合いだ。君を巻き込んですまないと思う」



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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