連載
珈琲店マダムシルクのサイバー事件簿
第七話 初春 ラスト・リゾート(後編) 一田和樹 Kazuki Ichida

 できることなら凪の口から本当のことを聞きたかったし、ふたりで解決したかった。凪は自分のことに本気なんだと信じたかった。
 だから最初にキスした時、「なにか言いたいことあったら言ってね」と水を向けた。「マスター、怪しいよね。絶対なにかある」と何度も話題を振った。でも、凪は決して話してくれなかった。
 最後に、やむなくマスターの罠に協力した。凪と話す際に知らないはずの、「凌」という名前を出してみたり、貸し切りの後に店に入った時わざとカウンターに腰掛けないようにした。
 最後の最後で凪が自分をかばおうとしてくれなかった時には泣いてしまった。それよりも悲しかったのは、最後まで自分の口からは秘密を話してくれなかったことだ。

「もしかしてマスターってものすごい策士?」
 西村の声で、霧香は我に返った。
「仕方がなかったのさ。サイバー犯罪は騙し合いだ。ウソつきが勝ち、騙された方が負ける」
「ソーシャル・エンジニアリングのことを言ってる?」
 西村が応じる。
「そうだな。今回仕掛けたのはその一種だ」
 マスターの言葉に、西村がにやりと笑う。それから、「ねえねえ、考えたんだけど」とマスターと霧香の両方に手を振った。
「マスターが、凌本人って可能性もあるでしょ。写真に写ってた美少年はマスターが雇った身代わりで、本当は裏で全ての糸引いてたりして」
 それは考えたことがなかったけど、確かに話としてはあり得る。ものすごく大変そうだけど、その代わり見破るのは至難の業だろう。
「おいおい。とんだ悪人にされたもんだ。それじゃ、なんのために凪を雇って罠を仕掛けたことになるんだい?」
「凌包囲網に参加して、そこから情報をもらいつつ、時々末端を逮捕させて、成果を上げてさらに信用させるという仕掛けとか? 少年は末端、捨て石だった……とかね」
 西村が得意そうに話を続ける。どのみち凪は犠牲になってしまうのだと思うと胸が痛んだ。
「マッチポンプもいいところだ。極悪人だな」
 マスターはそう言うと、霧香の肩を軽くたたいた。
「ちょっと休むかい? 顔色が悪い」
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしちゃってて。すみません」
「男ってカスだから気を落とさない方がいいよ」
 察したらしい西村が、珍しくやさしい言葉をかけてくれた。こういう時は、涙腺がゆるくなって困る。必死に、こらえる。
「オレだって、きれいな男の子はもうこりごりだ」
 マスターがわざとらしくおどけた声を出す。みんなに気を遣わせてしまった。



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〈プロフィール〉
一田和樹(いちだ かずき)
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。 10年、「檻の中の少女」 で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。 著書に『女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険』『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』『キリストゲーム』『絶望トレジャー』など。 http://www.ichida-kazuki.com/ Twitter:@K_Ichida
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