連載
下町やぶさか診療所
第二章 二人三脚・前 池永 陽 You Ikenaga

「うまいなあ」
 思わず声をあげると、
「うますぎる」
 敏之も負けじと高い声でいった。
「ありがとうございます。でも、男の人にとって肉じゃがは特別な料理らしいから、どんなものでもおいしく感じられるんじゃないですか」
 さらっと夏希はいって、そのまま二人のそばに腰をおろした。
「ところで大先生。近所の噂では、急にお孫さんが一人できたとか。それも、とびっきり若い、女の子のお孫さんが」
 これも、さらっと口に乗せた。
 麻世のことである。
「そういえば、そうらしいなあ。何でも、女子高生がおめえんところに住みついたとか。噂ではおめえの隠し子なんじゃねえかという話も出ているらしいがよ」
 とんでもないことをいい出した。
「何を莫迦なことを。俺に隠し子なんぞ、いるわけがねえだろ」
 思わず大声を張りあげる麟太郎の顔を、敏之と夏希がじっと見ている。
「じゃあ、恋人?」
 極めつけの言葉を夏希が口にした。目がきらきら光っている。
「ママまでが、そんなことを――」
 情けない声を出すと、
「噂では、かなり綺麗な子だって聞いてますけど」
 きらきら光る目がいった。
「そうらしいな。俺はああいう今風の幼な顔は好みじゃねえんだが、世間様の間ではかなりの美形で通ってるらしいな」
「かなりの美形ですか……」
 呟くようにいう夏希の言葉にかぶせるように、敏之が声を出した。
「で、どういういきさつで、その美形はおめえんところに住みついたんだ」
「それは、おめえ」
 麟太郎は一瞬、言葉をつまらせてから、
「八王子の高尾山だよ」
 訳のわからないことをいった。
「先だって、俺は中高年に大人気だという高尾山に行ったんだがよ。その麓に大きな竹林があってな、そのなかの竹の一本が光り輝いているのを見つけて、すわ、一大事とばかりにその竹を切り倒してみたら――そのなかから、その子がぽんと飛び出してきたって訳だ。まあ、そういうことだから、気にすることはねえ」
 大真面目な顔でうなずいて見せた。
「何だよ、それ。かぐや姫じゃねえか」
 抗議の声をすぐに敏之はあげるが、
「そういうことですか、なるほどね」
 と、驚いたことに夏希は納得の言葉を口から出した。
「なるほどねって――で、実際のところはどうなんだ」
 なおも追及する敏之に、
「親類筋の娘だよ。麻世っていうんだが、ちょっと訳があって行儀見習いっていうか何というか、しばらくうちで面倒を見て、看護師にでも育てあげようかと思ってな」
 いってから麟太郎の胸がざわっと騒いだ。



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〈プロフィール〉
1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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第八章 麻世の決断・後(最終回)
第八章 麻世の決断・前
第七章 スキルス癌・後
第七章 スキルス癌・前
第六章 妻の復讐・後
第六章 妻の復讐・前
第五章 幸せの手・後
第五章 幸せの手・前
第四章 底の見えない川・後
第四章 底の見えない川・前
第三章 怒る子供・後
第三章 怒る子供・前
第二章 二人三脚・後
第二章 二人三脚・前
第一章 左手の傷(後)
第一章 左手の傷(前)