連載
下町やぶさか診療所
第二章 二人三脚・前 池永 陽 You Ikenaga

「そうか、ほんの少しでもいいから、その人のことを考えてやればいいか――そうだな、知らん顔がいちばん駄目だな。人間、一人では生きられねえもんな」
 麟太郎は麻世の顔を真直ぐ見て、
「偉いな、麻世は」
 柔らかな声でいった。
「偉かないよ、私は。ただのヤンキーでツッパリなだけで、偉いなんてことはひとつもないよ。落ちこぼれの傍(はた)迷惑な存在なだけで、みんなの嫌われ者だよ」
 まくしたてるように麻世はいい、さっさと台所に戻っていった。
 このとき麟太郎は、将来看護師になってみないかと麻世にいいたかったが、その言葉は引っこめた。相手は臍(へそ)曲がりなのだ、性急すぎると失敗する。何といっても麻世がここにきてまだ十日ほど。じっくりと構えればいいのだ。
「ほら、まったく偉くないだろ」
 麟太郎の前に、ロールキャベツの入った皿がとんと置かれた。が、そこにはロールキャベツは見当たらず、べろんと伸びた肉とキャベツがのたくっているだけだ。
「ロールにならずに、みごとに崩れた」
 ぼそっといってから、飯の碗と茄子の漬物、それに冷や奴の載った皿を乱暴に並べた。
「食えるなら、食え」
 これも乱暴な口調でいって、自分もロールキャベツもどきを口に運び出した。
「キャベツと肉の煮つけだと思えば、充分にいけるんじゃねえか。味はそれほど悪くはねえしよ」
 ひとくち頬張りながら麟太郎はいうが、正直まずかった。が、心地いいまずさのように麟太郎には感じられた。
「味は、まあまあなのか」
 麻世が麟太郎の顔を窺うように見る。
「そうだ。まあまあの味だ。俺は別に根性で食ってるわけじゃねえから、そこんところを誤解するなよ」
 念を押すようにいうと、
「じいさんは、けっこう根性のある人間のように見えるけどな」
 ほんの少し麻世は笑みを浮べた。
「そんなもん、ねえよ。ただの大酒飲みのクソジジイだよ。人に誇れるようなもんは何にもねえ、ぐうたらだよ」
 いいつつ、麟太郎は妙なことに気がついた。
 この弁解の様子は、さっきの麻世とそっくりじゃないか。ということは、どういうことになるのだ。ちらっと麻世のほうを見ると、肩が大きく波打っている。麻世は声を出さずに体中で笑っているのだ。
「その何だ。とにかく、くだらない話はやめにして、ロールキャベツを楽しもう。せっかく、臍曲がりが一生懸命、つくってくれたんだからよ」
 ひとつ、空咳をした。



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〈プロフィール〉
1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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第八章 麻世の決断・後(最終回)
第八章 麻世の決断・前
第七章 スキルス癌・後
第七章 スキルス癌・前
第六章 妻の復讐・後
第六章 妻の復讐・前
第五章 幸せの手・後
第五章 幸せの手・前
第四章 底の見えない川・後
第四章 底の見えない川・前
第三章 怒る子供・後
第三章 怒る子供・前
第二章 二人三脚・後
第二章 二人三脚・前
第一章 左手の傷(後)
第一章 左手の傷(前)