連載
下町やぶさか診療所
第五章 幸せの手・前 池永 陽 You Ikenaga

 椅子に座っているのは常連の米子だ。
 今年八十五歳の米子は胃の調子がおかしいといってやってきたのだが、ざっと診たところ異常は見あたらない。
 麟太郎は米子の腹部からゆっくりと聴診器を外し、空咳(からせき)をひとつする。
 この聴診器だが、麟太郎の本音をいえば、単なるお飾りである。
 本当に病気のある人間を前にしたときは耳に神経を集中して真剣に症状を探るが、米子のようにひやかし半分の患者には形だけの診察ということになる。そうしなければ時間がかかって仕方がないし、米子のような患者にはそれでも充分に効果はある。
「いつもいうようだが、気疲れだな。それが胃に負担をかけて重くなるんだろうな。一言でいえば神経症というやつだ」
 決して異常なしとはいわない。いえば、数倍の言葉が反撃として返ってくる。
「原因はあれだな。パチンコ狂いのご亭主だな。何といっても年金暮しのなかでのやりくりだから大変だ」
 これで亭主の悪口を少し聞いてやれば一件落着なのだが、今日は様子が違った。
「それはまあ、そうなんだけどね」
 米子は歯の抜けた口を開き、にまっと笑って、くるりと背中を向けた。
「やっとくれよ。大先生お得意の、幸せの手当てを――」
 米子の言葉に麟太郎は小さな溜息をもらす。
 今日はこれで幸せの手当てを希望する患者は七人目だった。いったい何がどうなっているのか、狐につままれたような話だ。
 幸せの手当てとは、麟太郎がこの診療所を継いで以来、ずっと続けている伝承療法のようなものだ。
 手当てとは人が病に倒れたとき、その患部、あるいは背中や腹部に掌(てのひら)を当てて病状や痛みを鎮める古来よりの療法のことをいうが――麟太郎はこの方法にも一理はあると考え、必要に応じてこれを幸せの手当てと呼んで用いていた。
 最近の研究では、人の肌に手を触れると相手の脳内にオキシトシンというホルモン物質ができ、それが痛みやストレスの元になる扁桃体(へんとうたい)をつつみこんで鎮静化させると同時に、認知症の改善や癒し効果があるということもわかってきている。
 米子は背中をやや丸めて、
「きちんと十分間は、やっとくれよ。そうでないと効果は半減するからよ」
 断定したいい方で注文をつけてきた。
「十分間なあ……」
 麟太郎はぼそりと呟き、両手を米子の背中に当てて、ゆっくりと円を描くように動かし始める。もちろん、やるからには真剣だ。医者である以上、状況はどうであれ治療するときに手を抜くことは許されない。



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〈プロフィール〉
1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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第六章 妻の復讐・後
第六章 妻の復讐・前
第五章 幸せの手・後
第五章 幸せの手・前
第四章 底の見えない川・後
第四章 底の見えない川・前
第三章 怒る子供・後
第三章 怒る子供・前
第二章 二人三脚・後
第二章 二人三脚・前
第一章 左手の傷(後)
第一章 左手の傷(前)