連載
下町やぶさか診療所
第五章 幸せの手・前 池永 陽 You Ikenaga

「よくわからないけど、私は男のような性格だから、そういう人は保護してあげたいというか、何とかしてやりたいとは思うよ」
 表情も変えずにいう麻世に麟太郎は満足そうに相槌を打つが、それを押しやるように潤一が身を乗り出す。
「麻世ちゃんは男のような性格なのか。それで愛想が悪いのか。なるほどなあ、そういうことか」
 自分にいい聞かせるように呟く。
「そんなことより、お前」
 今度は麟太郎が身を乗り出して潤一をじろりと見る。
「両国の花火大会のチケットのほうは、どうなってんだ。返事はきたのか」
「まだ、返事はきてないよ。いくら何でも、もうそろそろきてもいいとは思うけど」
「ちゃんと、申しこみの葉書は出したんだろうな。当選するんだろうな。麻世のためにも当選してもらわねえと困るからよ」
 麟太郎は檄(げき)を飛ばす。
「何だよ、じいさん。私のために花火大会の申しこみの葉書って?」
 麻世が怪訝な声をあげた。
「それはだな」
 麟太郎は咳払いをひとつして、
「せっかく、我が家に麻世のような若い女の子が同居することになったんだからよ。ここからつい目と鼻の先で開かれる今月末の両国の花火大会ぐれえ、観せてやりてえという親心というか何というかよ、それで麻世の心が……」
 少しでも晴れるならといいかけて、麟太郎は慌てて言葉を飲みこむ。
「とにかく綺麗なんだ、両国の花火大会はよ。だからよ」
 麟太郎は、またひとつ空咳をする。
「ところが、両国の花火大会というのは台東区の仕切りになっててね。花火を観るいい場所には指定席が設けられていて、この指定席を手に入れるためには葉書を出して抽籤(ちゅうせん)に当たらなければならないんだ。それで親父が僕に丸投げして席を確保しろと。だから僕も麻世ちゃんのために頑張って三席を確保しようと葉書をね」
 得々として述べる潤一に、
「おい、俺は二席だと」
 麟太郎は小声でいう。
「何枚出したんですか、葉書……」
 ぼそりと麻世がいった。
「一人百枚として、三百枚――これなら三席ぐらいは当たるだろうと」
 嬉しそうな顔で潤一が麻世を見る。
「三百枚!」
 呆れたように麻世は呟き、
「料理持ってくるよ」
 と、その場を離れていった。
 すぐに麻世の手で、テーブルの上に料理が並ぶ。今夜のメインはどうやら焼そばらしいが……。
「これは、いったい何だ」
 嬉しそうに麟太郎が麻世に訊く。



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〈プロフィール〉
1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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第八章 麻世の決断・後(最終回)
第八章 麻世の決断・前
第七章 スキルス癌・後
第七章 スキルス癌・前
第六章 妻の復讐・後
第六章 妻の復讐・前
第五章 幸せの手・後
第五章 幸せの手・前
第四章 底の見えない川・後
第四章 底の見えない川・前
第三章 怒る子供・後
第三章 怒る子供・前
第二章 二人三脚・後
第二章 二人三脚・前
第一章 左手の傷(後)
第一章 左手の傷(前)