よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第一話(前編) 疑 惑

池永 陽You ikenaga

 次の日の午後二時頃。
 麟太郎は潤一の勤める大学病院のホールにいた。
 昨日潤一が帰るとき、
「梅村の様子はどうだ。良好という話は聞いていたが大丈夫なのか」
 こんなことを訊いた。
「良好だよ。警察関係者も病院にきて、おおよその事情聴取はすんでいるはずだよ」
 すらすらと潤一は答えた。
「それは俺も懇意にしている浅草署の刑事たちから聞いた。あの野郎、麻世に対する強姦罪の他は大体本当のことを喋(しゃべ)っていたそうじゃねえか」
 商売柄、麟太郎は浅草界隈(かいわい)の警察と、ヤクザには顔が利いた。
「そこがあの男の狡賢(ずるがしこ)いところだよ。あの事件から強姦を除いたら、あいつは麻世ちゃんに横恋慕はしていたものの、それさえ何とかクリアすれば、梅村は単なる善良な被害者。そういうことになってしまう。腸が煮えくり返るのは確かだけど、刺したのは満代さんで刺されたのは、あのクソ野郎だから何ともしようがない」
 悔しそうにいう潤一に、
「そうなると、また麻世にちょっかいを出すということも充分に考えられるな」
 絞り出すような声を麟太郎は出した。
「それだけは阻止しないとな、親父」
 潤一が、両の拳を握りしめるのがわかった。
「そのためには、あのクソ野郎をちょっと脅してやらねえとな。そうなると、あのクソ野郎に会わなきゃいけねえ。どうだ会うことはできるか」
「本人が拒否しない限り大丈夫だと思うけど、多分拒否するだろうな」
「じゃあ、こういってやれ」
 じろりと潤一の顔を睨んだ。
「強姦致傷の罪は重いぞ。しかも相手は未成年。いつ娑婆(しゃば)に出てこられるかわからねえぞ。こっちは、その証拠をしっかり握ってるからな。これを穏便にすませたかったら、拒否せずに会うこったとな」
 凄(すご)みのある声を麟太郎は出した。
「証拠って、そんなもの本当に親父は持ってるのか」
 潤一の問いに麟太郎は無言でうなずき、梅村との面会を強引に取りつけて今日ここにきたのだ。
 しばらくホールにいると、潤一がやってきて麟太郎の前に立った。
「犯罪被害者ということで、梅村は生意気にも個室に入っているから」
「わかった」
 とうなずく麟太郎に、
「それから、これはまだ確定はしてないんだけど、梅村の胆嚢(たんのう)の具合がおかしい。十二指腸に排出する、胆汁の数値にばらつきが出ているような気がする」
 耳打ちするように潤一はいった。
「それって、お前」
 麟太郎が潤一の顔を真直ぐ見た。
「親父の推察する通り、ひょっとしたら胆汁瘻(たんじゅうろう)の恐れが……」
「そうか。医者がこんなことを口にするのは絶対にいかんが、ひょっとしたら神様はどこかにいるのかもしれんな」
 麟太郎はこういってから、
「じゃあ、行くか」
 ぽんと潤一の肩を叩(たた)いた。

(つづく)

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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