よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第一話(後編) 疑 惑・後

池永 陽You ikenaga

「そうだな、あの方法がいちばんいいな。不意打ちを食らわせて気絶させ、体を奪う。あれは実にうまくいった。どうだ、悔しいか老いぼれ。そうやって何度も抱いてやれば、いくら麻世だって屈伏する。女なんて、みんなそんなもんだ。そうだ、クスリ漬けにしてやってもいいな。そのほうが、手っとり早いかもしれん」
 梅村のせせら笑いが響いた。
「悪いことはいわん。おとなしく浅草から出ていけ。どこか知らない町にでも行って、ひっそりと暮せ」
 麟太郎は抑揚のない声でいう。
「ひっそりと暮せだと、てめえにそんな指図を受けるいわれはねえよ」
「麻世は――」
 凛とした声を麟太郎は出した。
「あんたに無理やり体を奪われたあと、俺の診療所にきた。そのときの傷の状態はカルテにしっかり記載されている」
 これは嘘だった。麻世が診療所を訪れたのは、それからずっと後のことだった。
「それを警察に提出して、強姦致傷罪であんたを訴えれば」
「ほざけ、老いぼれ」
 梅村が吼えた。
「いくらカルテが残っていたとしても、相手は俺じゃねえとシラを切れば――もし俺だとわかったとしても、あれは合意の上だといい張れば何とかなるだろうが」
 梅村の顔が醜く歪(ゆが)んだ。
「何ともならん。警察が丹念に調査をすれば、あんたが麻世を狙ってたことの裏づけはすぐとれるだろう。それに満代さんが正常に戻れば、その詳細も明らかになるはずだ」
 麟太郎はじろりと梅村を睨み、
「ついでにいえば俺は商売柄、あの界隈のヤクザと警察には顔が利く。両方とも俺の主張は親身になって聞いてくれるはずだ」
 とたんに梅村の両肩が、すとんと落ちた。
「それに、イザという時の証拠としてこんなものもある」
 麟太郎はポケットから小さな機械のようなものを取り出した。ボイスレコーダーだ。
「今までのあんたとのやりとりは、すべてこれに録音されている。これが決定的な証拠になるだろう」
 梅村の体から力が抜けきり、無言のままうつむいた。
「あんたに浅草から出て行けというのは俺の温情だ。そこのところをよく考えろ。本来ならすべてを明らかにして、あんたを刑務所にぶちこみたいというのが俺の本音だ。いいか、麻世はまだ未成年だ。それを無理やり犯したとなれば重罪だ。二十年は刑務所暮しということになるぞ」
 麟太郎は小さな吐息をもらし、
「しかし裁判になれば、麻世も法廷に出なければならん。あんたとのあの忌わしい出来事を、根掘り葉掘り詳細に訊かれることになる。これは麻世にとって辛(つら)すぎることだ。それを避けるための、苦肉の策であり温情だ。そういうことだ、わかったか」
 大声ではなかったものの、怒鳴りつけるような口調だった。
 梅村は無言だ。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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