よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第三話(後編) カレーの味・後

池永 陽You ikenaga

「そうですね、似てますね。うちの頼子もそんな調子で、いつも私につっかかってきました。確かにその雰囲気はあります。でも、大先生のいうように決して悪気は」
「そうなんだよ。ねえんだよ。だから何もいい返すことができなくて、俺はいつも頭を抱えてるんだよ」
 さらっという麟太郎に、
「何だよ、じいさん。そのいつも頭を抱えてるっていうのは」
 すぐに麻世が反論した。
 微笑(ほほえ)ましい光景に見えた。
「仲がいいんですね、お二人は」
 思わず言葉が飛び出した。
「井上さんところも、そうだったんじゃねえのかな。いいたいことをぽんぽんいわれても、仲だけはよかった。俺はそう思うがよ」
 そうだった。口は悪いが頼子は優しい人間だったような気がする。仲は決して悪くなかったはずだ。そういうことなのだ。
「しっかりしてよ、もっと」
 これが頼子の口癖だった。
 この言葉の次に、「うろうろしてると、店が潰れてしまう」とか「それでもあなた、男なの」といった文句がつづいて小競り合いにつながっていくのだが。そして頼子は一人であちこち営業に回り、さらに人を雇う余裕がないのを見越して、自分で畳づくりの修業を始めたり――。
「実は大先生」
 と伸之は頼子の右肘の件を素直に麟太郎に話した。
「最初のころはそれこそ肘の皮膚が破れて血だらけになって、それでも頼子は畳づくりに挑戦していました。むろん、頼子にせがまれて教えこんだのは私ですが……その私が見ていても必死の思いが頼子にはありました」
 溜息まじりに伸之がいうと、
「それで、その頼子さんの畳づくりの技は実になったのかね」
 麟太郎が低い声を出した。
「新品の畳づくりは無理でしたが、畳表の張りかえとか部分補修とかは、きちんとできるようになりましたね」
「ほう、そりゃ大したもんだ」
 と麟太郎が感嘆の声をあげると、
「頼子さんは畳業界の先を睨(にら)んでいたんだ。このままいけばじり貧になって畳業界が衰退してしまうのを察して。それで必死になってどこかに生き残る方法はないかと模索してたんだよ。そんな状況だったら、私でも同じことをする。声を張りあげる」
 麻世が叫ぶようにいった。
「そうか、麻世でも同じことをするか。ますます似た者同士になってきたな」
 と麟太郎がいったところで、
「大先生にひとつ質問があるんですが」
 伸之は話を切り出した。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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