よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第四話(後編) 花と竜・後

池永 陽You ikenaga

 ひょっとしたら、すぐにでもくるかと思っていた、おでん屋の美雪(みゆき)はなかなか顔を見せなかった。それなら――。
「麻世(まよ)、夕食は、例の屋台のおでんということにしねえか」
 午後の診療が終って母屋に戻り、ちょうど居間にいた麻世に麟太郎は声をかける。
「私はいいけど……」
 麻世は笑いを噛(か)み殺している。
「何だ。俺は何か妙なことをいったか?」
 きょとんとした表情を向けると、
「一昨日。明日は無理だけど、次の日は早く終るから、必ずここでご飯を食べるって、おじさん、いってたから」
 嬉(うれ)しそうに麻世がいった。
「また、潤一(じゅんいち)か」
 溜息まじりに麟太郎はいい、
「あいつも子供じゃねえんだから、誰もいなけりゃ、お茶漬けでも食うだろ」
 先日と同じ言葉を口にした。
「なら、きまり。行こう、行こう」
 麻世がはしゃいだ声をあげた。
 二十分後、診療所を出た麟太郎と麻世は、美雪が屋台を出している丸木(まるき)ホールの駐車場に向かって歩いていた。
「おじさん、誰もいない家のなかに入って、またメモを残していくのかな」
 面白そうに麻世がいう。
「いくらあいつが子供っぽいといっても、もうそんな真似(まね)はしないんじゃねえか。あいつだって学習能力はあるだろうからよ」
 うなずきながらいう麟太郎に、
「そうかなあ。私はまた何か、訳のわからないメモを残していくような気がするけど、あのおじさんのことだから」
 麻世は断定したようないい方をした。
「あのおじさんのことだから、か」
 麟太郎は胸の奥でそっと呟(つぶや)く。
 潤一に対する麻世の本音だ。麻世は潤一をこの程度にしか考えていない。失地を回復するには、まだまだかなりの時間がかかりそうな雰囲気だ。
「そんなことより、麻世」
 話題を変えるように、麟太郎は喉につまった声を出した。
「先日、お前は美雪さんのことを、かつての自分と同じにおいがする。危ない人だと思うといってたが、あれは本当に確かなことなのか」
 気になっていたことを口にした。
「多分、あたっていると思うよ」
 ぽそりと麻世はいってから、
「しかも、ヤンキーあがりなんかという生易しいもんじゃなくて、おそらく半グレかヤクザ。私の勘はそういってる」
 はっきりした口調で一気にいった。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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