よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第四話(後編) 花と竜・後

池永 陽You ikenaga

「半グレかヤクザ……となると相当危ない人間には違いないが。しかし、あんな綺麗(きれい)な顔をして、そんな世界に身を置いていたとは。ちょっと想像し難いことだよな」
 といってから麻世の顔をちらっと見て、
「そうでもねえか、顔は関係ねえか」
 慌てて訂正した。
「何だよ、じいさん。私の顔を引合いに出すなよ。私の顔はあんなに綺麗じゃないし、整ってもいないし、性格は男そのもので乱暴だし」
 唇を尖(とが)らせて麻世がいった。
 そう、確かに麻世は夏希(なつき)や美雪のような、正統派美人ではない。単に美人度だけを較(くら)べれば麻世は夏希や美雪に確実に負ける。顔の造りも、章介(しょうすけ)がいう黄金比とはかけ離れたものに違いない。
 しかし可愛(かわい)らしさでは群を抜いて、麻世のほうが上だ。麻世の顔には今風の華があった。輝いていた。麻世が診療所にきたころは、単なる幼顔と気にもしなかったが、今はちょっと違った。麻世に対する周りの称讃(しょうさん)に素直に耳を傾けるようになり、麟太郎の評価も大きく変ってきた。確かに麻世は可愛い。悔しいがこれは認めざるを得ない。
 それが証拠に、どこをどう探しても、麻世より可愛い顔の持主は見当たらない。これも悔しいことだが、今ではそれが麟太郎の大きな自慢のひとつになっていた。といっても、麟太郎は夏希のような、しゅっとした正統派の美人のほうが好きだった。
「どうしたんだよ、じいさん。黙りこくってしまって」
 隣を歩く麻世が、怪訝(けげん)な視線を送ってきた。
「何でもねえよ」
 麟太郎はぽつりといい、
「美雪さんて女性が麻世のいうような、その手の女性だとしたら、ちょっと厄介なことになるかもしれねえなと思ってよ」
 これも本音の部分を覗(のぞ)かせた。
「児童虐待の件か。心配いらないよ。もし、もめるようなことになって包丁が飛び出してきたとしても、何とかするから」
 どっちが保護者なのかわからないことを、麻世はいう。
「いや、そういうことじゃなくてだな、もっと本質的なことというか。とにかく、そんな事態になっても、お前はおとなしくしてろ。まして殺し合いのような喧嘩(けんか)は駄目だ。まったくお前は、この手の話になるとすぐに首を突っこんでくるというか、何というか。今の麻世は昔の麻世とは違うんだからよ。そのことをとにかく、忘れるんじゃねえ」
 怒鳴るような声でいった。
「わかったよ。なるべく首は突っこまないようにするよ」
 麻世は、ぺろりと舌を出した。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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