よみもの・連載

下町やぶさか診療所2

第四話(後編) 花と竜・後

池永 陽You ikenaga

 美雪の生まれは向島(むこうじま)だという。
 父親は美雪が物心がつくころに脳出血で亡くなり、残された母親の加津子(かつこ)が家業である小さなおでん屋を引き継いだ。
 しかし加津子の性格は頑固で無愛想。とても客商売には向いておらず、客は激減した。誰かがそのことを注意しても、
「うちは味で勝負している店。愛想で売っている店じゃない」
 といって加津子は聞く耳を持たなかった。
 客が減った分だけ家計は苦しくなり、加津子と一人娘の美雪は苦しい生活を送っていた。それでも加津子の愛想の悪さは変らず、
「貧乏でも、何とか食っていければいいじゃないか」
 と自分の生き方を押し通したが、美雪には苛(いじ)めがついて回った。
 家は貧乏だったが、美雪は小さなころから整った顔で美しかった。これが災いして美雪は女子たちから苛めのターゲットにされた。誰も口をきいてくれない、物を隠される、理由もないのに小突き回される……女子の苛めは陰湿だった。
「化粧をしてやるといって、しょっちゅう黒板ふきで顔をはたかれていました」
 美雪はぽそっといい、
「それに私は頭が悪かったから、いい返すこともできなくて、ただ耐えるだけ」
 当時を思い出したのか、声が湿ったものになった。隣を窺(うかが)うと、同じような境遇で育ってきた麻世が盛んにうなずいているのがわかった。
 そんな状況が小中学校の間ずっとつづき、美雪は中学校を卒業したとき、ささいなことから母親の加津子と大喧嘩をして家を飛び出した。そのとき加津子が口走った、
「二度と、この家の敷居はまたがせない」
 という言葉は今でも胸に突き刺さっていると美雪はいった。
「それからは、あっちの盛り場、こっちの盛り場と遊び回り、気がついたら池袋の半グレ集団のなかにいました。そしてそこに西島もいたんです。西島はそのとき、そのグループの副総長でした。それから私は西島と……」
 いい仲になって二人は一緒になった。
 西島は九州福岡の生まれで境遇が美雪とよく似ていた。母親が早くに亡くなり、父親は後妻をもらって西島はその女性に育てられたのだが、父親との間に子供が生まれてから状況が一変した。小学校二年のときだった。後妻は西島を邪魔者扱いし出し、徹底的にいびりにかけた。その結果西島も中学を卒業後、家を飛び出して東京にきた……。
 似た者同士の二人が一緒になって一年ほど後、半グレグループに内紛がおこって解散。西島はその地域のヤクザの組に入り、美雪はその妻に納まった。美雪と西島がちょうど二十歳になったときのことだった。
 ヤクザ組織に入ったものの、西島は鳴かず飛ばずの有様で梲(うだつ)は上がらなかった。

プロフィール

池永 陽(いけなが よう) 1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。
98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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